明石家さんまに憧れてしまう理由|会社員として感じる安定と限界

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Yahoo!ニュースで「非正規雇用890万人」「働いても、働いても抜け出せない過酷な貧困」という見出しを目にしました。

非正規雇用と聞くと、どうしても“望まざる働き方”というイメージが先行します。しかし最近は、自由な時間や生き方を求めて、あえて非正規という道を選ぶ若い人も少なくありません。

同じ「非正規」という言葉の中に、望んだ選択と、望まなかった現実が混在している。その事実に、私は少し言葉にしづらい違和感を覚えました。

そんなことを考えているうちに、なぜか頭に浮かんだ人物がいます。

それが、明石家さんまさんでした。

サラリーマンという安定した道ではなく、不安定さと隣り合わせの世界に身を置き、結果として頂点に立った数少ない存在。

もちろん、誰もがさんまさんのようになれるわけではありません。
それでも、人はなぜ「安定」だけでは満足できず、可能性に賭けてしまうのか。

この記事では、明石家さんまさんという人物を入り口に、 現在は営業所長として28年間会社に身を置いてきた私自身の経験も交えながら、 今の働き方や将来への不安について考えてみたいと思います。

なぜ今、「安定」だけでは満足できなくなったのか

会社員の人生と重ならない成功のかたち

改めて考えてみると、明石家さんまさんという存在は、少し特別です。

売れている芸能人、成功したタレントという言葉では、どうも収まりきらない。

なぜなら、さんまさんの歩んできた道は、
私のように会社という組織の中で役割を積み上げてきた人生とは、
そもそも重ならない場所に続いているからです。

さんまさんは和歌山県(現・串本町)生まれで、奈良で育ったとされています。
高校3年生だった1974年、落語家・笑福亭松之助さんに弟子入りし、当初は「笑福亭さんま」として落語家の道を歩み始めました。

当初は決して順風満帆ではなく、内弟子として生活の不安を抱えながら舞台に立つ日々が続いたと語られています。途中、一度はレールを外れ、東京へ身を移した時期もありましたが、再び原点に立ち返り、落語から漫談、そしてタレントへと舵を切っていきました。

テレビの世界に入ってからも、すぐに成功が約束されていたわけではありませんでした。

転機となったのは、持ち前のトーク力と瞬発力が評価され、
徐々にレギュラー番組が増えていったことでした。

ただし、その裏側では「明日仕事がなくなるかもしれない」という不安と、常に隣り合わせだったはずです。安定した身分に守られないという点では、ある種の「究極の非正規」とも言える緊張感の中で、自身の価値を磨き続けてきたのだと思います。

会社という後ろ盾がなく、 自分が面白くなければ、必要とされなくなる世界。

それでも明石家さんまさんは、
その不安定さを受け入れ、笑いに変え、
結果として長年第一線で活躍し続ける存在になりました。

この「保証のない世界で生き抜いてきた時間」こそが、会社員の人生とは決定的に重ならない部分なのだと感じます。

そういった角度で明石家さんまさんを見ると、改めてその偉大さを実感します。

保証のない世界を生き続けるという選択

私は現在、所員20名ほどの営業所を任される営業所長として働いています。

勤続年数は28年になりました。
会社に所属し、評価制度があり、責任の範囲が少しずつ広がっていく。

その積み重ねによって、今の立場があります。

一方で、さんまさんが選んだのは、評価も保証もなく、
明日どうなるか分からない世界でした。

努力が必ず報われるとは限らず、
才能と運、そして時代の巡り合わせがなければ、生き残ることすら難しい場所です。

管理職の心をざわつかせる成功の存在

それでもさんまさんは、その不安定な世界に身を置き続け、結果として頂点に立ちました。

この事実が、管理職として組織を見てきた私の心を、どこかざわつかせます。

羨ましさだけではありません。
「自分が選んできた道」と「選ばなかった道」を、
否応なく意識させられる感覚に近いのかもしれません。

会社は本当に、人生の安全な受け皿なのか

かつて会社が「安定」を約束していた理由

サラリーマンとして働くことには、確かな安心があります。

毎月決まった給料が入り、社会保険があり、
組織の中で役割を果たすことで生活が成り立つ。
私自身、28年間その仕組みの中で働き続けてきました。

かつては、こうした会社という存在が、
人生を預けるに足る「安全な受け皿」として機能していたのも事実です。

終身雇用や年功序列といった考え方には、
長く働くほど報われるという分かりやすさがありました。

しかし今、その価値観は、
必ずしも現実を説明できなくなってきているように感じます。

雇用が守られる保証は弱まり、 年功序列も、人や組織の成長を約束する仕組みとは言い切れない状況です。

むしろ変化に対応しようとする際には、過去の成功体験が足かせになってしまう場面すらあります。

「安定」という言葉が現実を説明できなくなった瞬間

ただ、現場に立ち続けていると、「安定」という言葉だけでは説明できない現実も見えてきます。

私の会社では、新入社員の獲得が年々難しくなり、
慢性的な人手不足の状態が続いています。

年齢層も高く、退職者の数が新しく入ってくる人を上回る構図が続いています。
結果として、年を追うごとに会社の人口は減り続けることになります。

ここで強く感じるのは、
「会社に所属していれば将来は安泰」という考え方が、
もはや絶対的な前提ではなくなっているという事実です。

私たちの世代は、
会社に入り、長く勤め上げることこそが安定につながると教えられてきました。
終身雇用や年功序列は、疑う余地のない前提だったのです。

しかし今の若い世代は、
その前提がすでに揺らいでいることを、
現実として理解しています。
会社に属すること自体が、
必ずしも将来の安心を担保してくれるわけではない。

そのことを、彼らは感覚ではなく、
社会の構造として受け止めているように見えます。

一方で私たちは、
長い間「安定」という幻想の中で生きてきた世代でもあります。

そのため、
今の若者たちの選択や価値観を、
頭では理解しようとしても、
感情の部分で受け止めきれない場面があるのも事実です。

誰もが信じ続けてきた「安定」の象徴であった会社組織が、
もはや無条件に信頼できる存在ではなくなってきている。

その現実に直面しているからこそ、
世代間の理解や助言が、
以前よりも難しくなっているのだと感じます。

人手不足と派遣依存が進む組織の現実

人事課も手を尽くしていますが、
現実的には派遣会社への依存を強めざるを得ません。

年間で見れば、数億円規模の予算が派遣会社へ流れている状態です。

私の会社はもともと保守的な考え方が強く、
派遣社員の活用も後手に回ってきました。

その結果として、今の構造があるのだと思います。

さらに将来を危惧するならば、今はその多額の費用を払えるからいいものの、成績が悪くなれば、当然予算は削減されます。

こうした状況は、現場に残る社員一人ひとりの負担を確実に増やし、退職のペースをさらに早めてしまいかねません。

そしてこれは、私の会社だけの話ではなく、多くの企業が直面している課題でもあります。
バブル期とは違う意味で、「人をどう確保し、どう育て、どう定着させるか」。
その難しさが、今の組織には突き付けられていると感じます。

若い世代が「安定」より経験を選び始めた理由

新卒から派遣という選択が増えている背景

営業所長という立場上、
派遣社員の採用面談に立ち会う機会も多くあります。
そこで感じるのは、派遣社員の若年化です。

以前は学校を卒業したら、一般企業や公務員などに就職するケースが一般的でした。一部には、起業する人もいましたが。

最近は、新卒で派遣会社に登録し、
「まずはいろいろな経験を積みたい」と話す方も少なくありません。

正社員にならない理由を尋ねても、そこには必ずしも後ろ向きな空気は感じられません。

以前からインターンシップなどの制度はありましたが、期間限定では会社の本質はなかなか見えてきません。

派遣会社を利用する彼らの行動は、彼らなりの時代にあったリスクヘッジとして、理にかなっているように思えます。

組織に属することだけが正解ではないという感覚

派遣社員の方々と面談をしていると、
その選択の背景には、単なる流行や勢いではなく、
かなり現実的で冷静な判断があるように感じます。

彼らは決して「安定」を軽視しているわけではありません。

むしろ、安定がかつてほど確かなものではなくなっていることを、
自分なりに理解した上で、次の一手として「経験」を選んでいる。

そうした姿勢が、話の端々から伝わってきます。

彼らの話を聞いていると、
安定よりも経験を重視する考え方が、
少しずつ、しかし確実に広がっているように感じます。

その背景には、私たちが長い時間をかけて目にしてきた、成功者の姿があるように思います。

明石家さんまさんのように、組織に属さず、自分の力で道を切り拓き、
一時的な成功ではなく、何十年にもわたって第一線で活躍し続けてきた存在です。

そうした生き方を見聞きする中で、
「組織に属することだけが正解ではない」という感覚が、
少しずつ社会に共有されてきたとしても、不思議ではありません。

安定と可能性の間で揺れることは、間違いなのか

成功を理解しながらも、割り切れない感情

不安定な世界で頂点に立った成功者に憧れながら、
同時に、組織に属する安心も手放せない。
この二つの感情は、一見すると矛盾しているように見えます。

管理職として、父親として向き合う将来への不安

私には、就職を控えた息子がいます。
将来について悩み、相談を受けることも増えました。

安定を選ぶべきなのか、
それとも少し遠回りをしてでも経験を積むべきなのか。
私自身が迷ってきた問いを、
今は父親として投げ返されているようにも感じます。

小さくまとまらずに生きたいという感情

安定を選ぶことは、決して間違いではありません。

一方で、どこかで「このままでいいのか」と考えてしまうのも、
人として自然な反応でしょう。

自分の人生を、
最初から諦めた形で終わらせたくない。

その感情は、世代を超えて共通しているのかもしれません。

答えが出なくても、問いを持ち続けるということ

正解が一つではなくなった時代

ここまで考えてきても、正直なところ、
明確な答えは出ません。

サラリーマンとして地道に働き続けることが正解なのか。

それとも、不安定さを受け入れてでも可能性を追うべきなのか。

終身雇用と年功序列が説得力を失った背景

かつては、会社員として働き続けること自体が安定につながり、
終身雇用という言葉が、将来の安心を象徴していました。

しかし今、その前提は少しずつ、確実に揺らいでいます。

それでも考え続けることに意味がある

答えが出なくても、考え続けること自体に意味がある。

明石家さんまさんという存在は、
そんな問いを、今も私たちに投げかけているように感じます。

父親である私自身も、子どもたちと同じように悩み、考え続けながら歩いていく。
その姿勢こそが、今の時代における一つの指針なのかもしれません。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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