シングルファーザーになって、仕事と子育てを本当に両立できるのだろうか。
これから父子家庭として生活を始める方や、すでに仕事と子育てに追われている方の中には、そんな不安を抱えている人もいるのではないでしょうか。
私自身、離婚して子ども2人との生活が始まってから約5年、会社員として働きながら家事や子育てを続けてきました。
しかし、「仕事と子育てを両立してきた」と言えば聞こえはいいものの、実際はそんなにきれいなものではありません。
時間が足りない。仕事が終わっても家事や送迎が待っている。子どもからSOSがあれば、仕事中であっても対応しなければならない。
仕事と家庭のどちらを優先するのか、何度も考えてきました。
決して要領よく両立してきたわけではありません。今振り返れば、「よくこんな生活を続けていたな」と思うような無理もたくさんしています。
だからこの記事で、「こうすれば仕事と子育てを上手に両立できます」と教えるつもりはありません。
一人のシングルファーザーが、仕事を続けながら父子家庭をどうやって回してきたのか。
うまくできたことも、できなかったことも含めて、5年間で経験した現実をそのまま書いてみたいと思います。
今まさに仕事と子育ての両立に悩んでいる方にとって、少しでも参考になる部分があれば幸いです。

シングルファーザーになって仕事と子育ての両立が始まった
離婚する前の私は、今振り返れば「仕事100:家庭0」と言ってもいいくらいの会社人間でした。
朝から晩まで仕事をして、残業することも当たり前。
家庭をまったく大切にしていなかったつもりはありませんが、生活の中心に仕事があったことは間違いありません。
そんな生活が大きく変わったのが、離婚して子ども2人との生活が始まってからです。
シングルファーザーになったからといって、当然ながら仕事が減るわけではありません。
朝になれば会社へ行かなければならない。
会社に行けば、それまでと同じように自分の仕事があります。
しかし、家に帰れば今度は父親としてやらなければならないことが待っています。
食事を作る。洗濯をする。子どもの学校生活に対応する。送迎をする。
それまで誰かがやってくれていたことも含めて、父子家庭になってからは自分で考え、自分で動かなければならなくなりました。
最初の頃は、「仕事と子育てをどう両立するか」なんて、ゆっくり考える余裕すらなかったように思います。
目の前にあることを一つずつ片付けて、次の日になればまた同じように仕事へ向かう。
そんな毎日の繰り返しでした。
今なら、仕事と子育てのバランスを考えたり、もっと周囲を頼ったりする方法もあったのではないかと思います。
しかし当時の私は、自分で親権を取ることを望み、子どもたちとの生活を選びました。
だからこそ、「自分がやらなければ」という気持ちが強かったのだと思います。
それまで仕事を中心に回っていた私の生活は、父子家庭になったことで大きく変わりました。
仕事をする自分と、父親としての自分。
その二つを抱えながら生活する日々が、ここから始まりました。
父子家庭と仕事の両立で一番足りなかったのは「時間」
シングルファーザーになって仕事と子育てを両立する中で、一番足りないと感じたもの。
それは、間違いなく「時間」でした。
お金の問題や家事の大変さなど、父子家庭になって困ったことはいくつもあります。
しかし、どれだけ頑張っても一日は24時間しかありません。
仕事をすれば家庭で使える時間が減り、家庭を優先すれば今度は仕事に使える時間が減る。
この時間のやりくりには、本当に苦労しました。
往復3時間の通勤だけで一日の時間が削られる
私の場合、特に大きかったのが通勤時間です。
自家用車で会社まで通勤しており、往復すると約3時間かかります。
高速道路を使っても往復で約2時間。
ただ会社へ行って帰ってくるだけで、毎日これだけの時間を使います。
シングルファーザーになる前なら、長い通勤時間も「仕方がない」で済ませていたのかもしれません。
しかし、家に帰れば食事や洗濯、子どもの送迎などが待っている生活になると、この数時間がとても大きく感じるようになりました。
「この通勤時間がなければ、どれだけ楽になるだろう」
そう思ったことは、一度や二度ではありません。
長時間の通勤と睡眠不足が重なり、運転そのものに危険を感じることもありました。
それでも会社へ行かなければ収入は得られません。
仕事と子育てを両立する以前に、まず「家庭で使える時間をどうやって確保するのか」が大きな問題になりました。
残業をほぼゼロにして仕事のやり方を変えた
そこで最初に削ったのが、残業でした。
それまではほぼ毎日残業し、土曜日・祝祭日も当たり前のように仕事をしていました。
しかし、父子家庭になってからは、残業をほぼゼロにするよう自分の中で強制的に仕事のやり方を変えました。
定時になれば、できる限り会社を出る。
そうしなければ家に帰ってからの生活が回らなかったからです。
もちろん、仕事がすべて時間内に終わるわけではありません。
どうしても処理しきれない仕事があれば、パソコンを持ち帰り、子どもたちが寝た後に仕事をすることもありました。
今考えれば、会社でしていた残業を家に持ち帰っただけだったのかもしれません。
それでも当時は、子どもたちが起きている時間に家にいることを優先しました。
飲み会や会社の付き合いにも参加しなくなった
もう一つ、ほぼすべてなくしたのが会社の飲み会です。
忘年会、新年会、歓迎会、送別会。
以前なら参加していた会社の集まりにも、すべて参加しなくなりました。
忘年会や送別会などは、参加費だけ支払って欠席することもありました。
お酒を飲む以上、マイカー通勤の私は宿泊も必要になります。
会社員として働いていれば、こうした付き合いも大切なのかもしれません。
それでも当時の私にとって、仕事が終わった後の数時間はとても貴重でした。
飲み会に参加すれば、その間の食事や家事、子どもたちとの時間をどうするのかを考えなければなりません。
すべてを今まで通り続けることは到底できない。
そう考えるようになってから、私の中で削るものの優先順位は自然と決まっていきました。
仕事そのものを辞めることはできない。
子どもとの時間も削りたくない。
だったら、それ以外の時間を削るしかありません。
そうやって何とか時間を作っていましたが、それでも一日は24時間です。
そして最後に削られていったのが、自分自身の睡眠時間でした。
仕事だけでなく、食事や家事、学校生活など、父子家庭になってから直面した出来事については、こちらの記事にまとめています。
関連記事:「シングルファーザーの子育てと生活|父親一人で歩んだ奮闘記」

仕事が終わっても父親の一日は終わらない
仕事を終えて会社を出れば、その日の仕事はひとまず終わります。
しかし、シングルファーザーになってからは、家に帰ったところからもう一つの仕事が始まるような生活でした。
特に大変だったのが、長男が高校生、長女が中学生だった頃です。
当時、長男は高校の野球部に所属しており、部活動が終わるのは夜の22時頃。
一方、長女も学校生活でさまざまな悩みを抱えていた時期でした。
仕事を終えて家に帰ったら、まず晩ご飯を作る。
長女に晩ご飯を食べさせ、長女がお風呂に入る頃になると、今度は長男を迎えに行くために再び家を出ます。
長男を乗せて帰宅したら、今度は長男の晩ご飯です。
それが終われば長男がお風呂に入り、その後にようやく私がお風呂に入る。
もちろん、それで一日が終わるわけではありません。
洗濯をして、翌日の食事の準備をする。
仕事が残っていれば、子どもたちが寝た後にパソコンを開く。
そして、時間が残っていればブログを書く。
そんな生活を続けていました。
当時は睡眠時間が3時間取れればいい方だったと思います。
昼休みになると弁当をパパッと食べて、残った時間は車の中で寝る。
少しでも睡眠時間を確保するためでした。
今振り返れば、完全なオーバーワークです。
「よく体が持ったな」と自分でも思います。
当時は、目の前のことを終わらせるだけで精いっぱいだったので、それが異常な生活だと考える余裕すらなかったのかもしれません。
心の中にはただ一言「やるしかない。」だけでした。
自分で親権を取ることを望んだ以上、子どもたちの前で頑張っていない姿を見せたくない。
そんな気持ちも、どこかにありました。
だから、多少きつくても「自分がやればいい」と考えていたのだと思います。
ただ、5年近くたった今だから言えることがあります。
この生活を、仕事と子育てを両立するための方法として誰かに勧めるつもりはありません。
睡眠時間を削り、体力と気力で乗り切ることが「頑張る」ということでもないと思います。
私が体を壊さずに済んだのは、たまたま運がよかっただけだと思います。
もっと人を頼る方法もあったでしょうし、お金を払って家事を誰かにお願いする方法もあったと思います。
当時の私は、そんな選択をするよりも「自分でやる」ことを選びました。
あの時の自分には、それしかできなかったのだと思います。
それが正しかったのかと聞かれれば、今でも分かりません。
ただ、今の私なら「多分、やり方は間違っていた」と答えると思います。
ただ一つ言えるのは、父子家庭で仕事と子育てを両立する現実は、決してきれいごとだけでは済まなかったということです。

子どものSOSと学校行事は仕事より優先した
仕事と子育ての両立を考えたとき、「仕事と家庭のどちらを優先するのか」という問題から逃げることはできませんでした。
もちろん、仕事も大切です。
会社員として給料をもらっている以上、自分の仕事には責任があります。
何より、子どもたちとの生活を守るためにも収入は必要です。
だからといって、仕事と家庭をいつも同じ割合で考えていたわけではありません。
普段の私なら、仕事と家庭の割合は「3:7」もしくは「4:6」くらい。
少なくとも、シングルファーザーになってからは家庭を優先するようになりました。
そして、子どもからSOSがあったときは別です。
そのときだけは、私の中では「仕事0:家庭100」でした。
子どもからの急な呼び出しには必ず対応した
子どもが体調を崩した。
学校から連絡があった。
何か困ったことが起きて、私を必要としている。
そんなときは、仕事中であってもすぐに対応しました。
とはいえ、職場から自宅周辺までは片道約90分かかります。
そのため「すぐに対応した」というより、連絡があればすぐに会社を出なければ間に合わなかった、という方が正しいのかもしれません。
「仕事があるから行けない」という選択肢は、私の中にはほとんどありませんでした。
これは、仕事を軽く考えていたからではありません。
父子家庭になった以上、子どもたちに何かあったとき、頼れるのは私だけなのです。
仕事を途中で抜ければ、当然周囲には迷惑をかけます。
申し訳ないという気持ちはありましたし、今でも周囲に迷惑をかけてきたという感覚は残っています。
それでも、子どもが助けを求めているときだけは、仕事を優先することができませんでした。
学校行事にもできる限り参加した
学校行事についても同じです。
仕事の都合がつく限りではなく、基本的には参加することを前提に予定を組んでいました。
父親一人で学校行事に参加すると、正直なところ居心地の悪さを感じることもありました。
周囲の親御さんとうまく交流できず、自分だけ少し浮いているように感じることもあります。
それでも、学校行事には参加しました。
子どもにとっては、その日、その瞬間しかないからです。
仕事なら、翌日にできることもあります。
誰かにお願いできる仕事もあります。
しかし、子どもの学校生活には二度と戻ってこない時間があります。
そう考えると、私の中では自然と答えが決まっていました。
父親一人で学校行事に参加する中で感じた戸惑いや、実際に経験して分かったことについては、こちらの記事でも詳しく書いています。
関連記事:「シングルファーザーが学校行事で感じた壁|父親一人で参加して分かったこと」
会社の評価より子どもを優先すると決めた
当然ですが、こんな働き方をしていれば会社からどう評価されるのかは気になります。
以前の私なら、かなり気にしていたと思います。
昇進や評価、上司からどう見られているのか。
仕事中心だった頃の私は、そうしたことも考える必要はありませんでした。
誰よりも仕事をこなし、誰よりも成績を上げて、誰よりも多くの時間を費やしていたからです。
しかし、父子家庭になってからは考え方が一変しました。
会社の評価は二の次。
子どもたちに何かあれば、そちらを優先する。
そう割り切るようになりました。
会社には、私の代わりになる人がいます。
少し言い方は悪いかもしれませんが、私一人がいなくなったからといって、会社が回らなくなるわけではありません。
一方で、子どもたちにとって父親である私は一人しかいません。
離婚する前の私は、そこに気づいていなかったのだと思います。
もちろん、誰もが同じように家庭を優先できる職場環境にいるわけではありません。
私自身も、直属の上司に家庭の状況をできる限り話し、その上司が会社との間に入ってくれたことには助けられました。
離婚した時期がコロナ禍と重なり、出張や飲み会そのものが減っていたことも大きかったと思います。
その後も、家庭の事情を説明しながら、出張などはできる限り避けてもらえるよう会社にお願いしてきました。
職場の環境や周囲の理解にも助けられて、今の働き方を続けられた部分は間違いなくあります。
だから「子どもを優先すれば何とかなる」と簡単に言うつもりはありません。
ただ、私の場合は仕事と家庭のどちらかを選ばなければならない場面で、一つだけ決めていたことがあります。
子どもからSOSがあったときだけは、迷わず子どもを選ぶ。
仕事と子育てを両立する中で、そこだけは最後まで変わりませんでした。

仕事を辞めたい。それでも今は辞められない
ここまで読んで、「それほど大変なら、仕事を変えればいいのでは?」と思った方もいるかもしれません。
実際、私自身も仕事を辞めたいと思うことはあります。
これは過去の話ではありません。
今でもそう思っています。
私の勤めている会社はいわゆる製造業で、管理する立場になった今でも現場に立つことがあります。
年齢を重ねたこともあり、特に酷暑が続く夏場の仕事は体力的にもかなりきつくなってきました。
定年までまだ10年近くあります。
「この仕事をあと10年近く続けられるのだろうか」
そんなことを考えることもあります。
往復3時間の通勤をいつまで続けられるのか
体力的な問題に加えて、やはり大きいのが通勤です。
先ほども書いたように、自家用車での通勤には往復約3時間かかります。
高速道路を使ったとしても往復約2時間。
一日だけなら大したことではないのかもしれません。
しかし、それを毎日のように繰り返します。
この時間を子どもとの時間や家事、睡眠に使えたら、生活はずいぶん違っていたと思います。
長時間通勤による疲労から、運転そのものに危険を感じたこともありました。
だから、「もっと家から近い会社へ転職できれば」と考えたことがないわけではありません。
それでも、私は今の仕事を続けています。
子どもとの時間を増やしたい。でも収入も必要
仕事を辞めたり転職したりすれば、今より子どもとの時間を増やせる可能性はあります。
通勤時間が短くなれば、それだけでもかなり違うでしょう。
しかし、私にはもう一つ守りたいものがあります。
それが定期的な収入です。
まだ子どもの進学も控えています。
これから学費も必要になります。
そんな時期に、今より収入が下がる可能性のある選択をすることは、私にはできません。
子どもを優先したい。
できるだけ一緒にいる時間も作りたい。
その気持ちはあります。
でも、子どもを優先するということは、ただ一緒にいる時間を増やすことだけではないと思っています。
私の保護下にいる間くらいは、子ども自身が進みたいと思った方向へ、ある程度は進ませてあげたい。
そのためには、お金も必要です。
子どもとの時間を作るためには仕事を減らしたい。
一方で、子どもの選択肢を守るためには収入を減らしたくない。
シングルファーザーになってから、この矛盾には何度も悩まされてきました。
仕事が嫌いだから辞めたいわけではない
誤解のないように書いておくと、私は仕事をすること自体が嫌いなわけではありません。
働いてお金を稼ぐことも好きですし、お金を貯めることも大好きです。
できることなら、もう少し贅沢な生活もしたい。
子どもたちを旅行にも連れて行ってあげたい。楽しい思い出をいっぱい作りたい。
お金と時間の両方があれば、できることはもっと増えます。
しかし現実には、時間を増やそうとすれば収入に影響する可能性があり、収入を守ろうとすれば仕事に使う時間も必要になります。
理想通りにはいきません。
だから今も、仕事を辞めたいと思うことがありながら、会社へ通っています。
古臭いですが、「歯を食いしばって耐えている」。
今の私には、その表現が一番近いのかもしれません。
子どもたちが独立した後は、子どもたちの人生です。
そのときは好きな方向へ進めばいいと思っていますし、私が必要以上に干渉するつもりもありません。
でも、まだ今は違います。
少なくとも、子供である間だけは自分が進みたい道を、お金を理由に簡単に諦めさせたくない。その一心です。
その気持ちがあるから、今も仕事を続けられています。

今振り返れば、もっと人に頼ってもよかった
ここまで振り返ってみると、私は仕事と子育てを両立するために、とにかく自分の時間を削ることで何とかしようとしていました。
残業を減らす。
会社の付き合いを減らす。
自分の自由な時間を減らす。
そして、それでも足りなければ睡眠時間を削る。
当時の私には、それが一番分かりやすい方法だったのだと思います。
でも今なら、もう少し違う方法もあったのではないかと思います。
家事を誰かにお願いすることも考えた
父子家庭になってから、家政婦さんや家事代行をお願いしようかと考えたことは何度もあります。
毎日お願いする必要はありません。
例えば週に一度だけでも、掃除や家事の一部を誰かにお願いする。
それだけでも、自分で使える時間は増えたはずです。
その時間に少し眠ることもできたでしょうし、子どもたちと過ごすこともできたでしょう。
しかし結局、私は利用しませんでした。
費用のこともありますし、「自分でできることにお金を払うのはもったいない」という気持ちも、どこかにあったのだと思います。
何より当時の私は、「自分がやれば済む」と考えてしまうことが多かったように思います。
今振り返れば、少し考え方が変わりました。
家事を誰かにお願いすることは、決して楽をするためだけではありません。
お金を使って時間を作る。
そして、その時間を睡眠や子どもとの時間に使う。
そんな考え方があってもよかったのだと思います。
学校の近くへ引っ越すことも考えた
もう一つ、本気で考えたのが引っ越しでした。
当時は長男の送迎にかなりの時間を使っていたため、学校の近くに引っ越せば生活は少し楽になるのではないかと考えたことがあります。
学校への送迎時間が短くなれば、その分だけ自分の時間を作ることができます。
しかし、学校の近くへ引っ越したところで、今度は会社への通勤時間が短くなるわけではありません。
引っ越しには当然お金もかかります。
家賃などの生活費も変わります。
一つの負担を減らすために大きなお金を使っても、生活全体がそれほど楽になるわけではない。
そう考えて、結局引っ越しもしませんでした。
仕事と子育てを両立する中では、こんなことの繰り返しだったように思います。
何か一つを楽にしようとすると、別のところにお金や時間が必要になる。
簡単にすべてを解決してくれる方法はありませんでした。
「全部自分でやる」ことが両立ではなかった
今の私が当時の自分に言えるとしたら、もう少し周囲を頼ってもよかったのではないかと思います。
家事代行でなくても構いません。
家族や知人、学校、職場、利用できるサービス。
頼れるものがあるなら、頼ってもよかった。
当時の私は、自分で親権を取ることを望んだ以上、「自分がやらなければ」という気持ちが強すぎたのかもしれません。
でも、親がすべてを一人でやることと、子どもを大切にすることは同じではありません。
自分が倒れてしまえば、それこそ子どもたちの生活にも影響します。
睡眠時間を3時間まで削って何とか生活を回していた私が言うのも、少しおかしな話かもしれません。
それでも、実際にやったからこそ今はそう思います。
全部自分でやる必要なんてなかった。
もう少し気を抜いてもいいよ。
もう少し人を頼ってもいいんじゃないの。
そして、もう少し自分自身のことも大切にしてもいいと思うよ。
仕事と子育てを両立するというのは、すべてを完璧にこなすことではありません。
できないことがあれば、素直に誰かに頼る。
お金で解決できることなら、無理のない範囲でサービスを使う。
そして、手を抜けるところでは手を抜く。
今の私なら、当時の自分にそう伝えると思います。

シングルファーザーとして5年続けて思う「きついのは今だけ」
父子家庭になったばかりの頃は、今の生活がいつまで続くのだろうと思っていました。
朝起きれば家事をして、長い時間をかけて会社へ向かう。
仕事を終えて家に帰れば、食事を作り、洗濯をして、子どもの送迎をする。
ようやく一日が終わったと思えば、数時間後にはまた朝が来る。
そんな毎日を繰り返していました。
あの頃の自分に、
「5年後はどうなっていると思う?」
と聞いても、きっと何も答えられなかったと思います。
目の前の一日を終わらせるだけで精いっぱいでした。
でも、子どもは少しずつ成長します。
できなかったことができるようになり、親が手を貸さなければならないことも少しずつ減っていきます。
生活も変わります。
あれほど終わりが見えないと思っていた毎日も、同じ形のままずっと続いたわけではありませんでした。
だから、もし今の私が当時の自分に一言だけ伝えられるとしたら、
「きついのは今だけだよ。」
そう言ってやりたいです。
もちろん、これから先に苦労がないという意味ではありません。
子どもが成長すれば、また別の悩みも出てきます。
仕事の悩みもなくなったわけではありません。
私自身、今でも仕事を辞めたいと思うことがありますし、仕事と家庭のバランスに悩むこともあります。
それでも、あの頃と今は違います。
当時は永遠に続くように感じていた大変な時期にも、少しずつ変化が訪れました。
完璧な父親でなくても、ここまで来られた
私は決して、仕事と子育てを上手に両立してきた父親ではありません。
不器用ですし、要領がいいわけでもありません。
今振り返れば、「もっとこうすればよかった」と思うことはいくらでもあります。
親として十分なことができたのかと聞かれても、正直分かりません。
それでも、できることを一つずつやってきました。
失敗しても、次の日になればまたご飯を作る。
疲れていても、必要なら子どもを迎えに行く。
悩みながらでも、仕事へ行く。
そんなことを繰り返しているうちに、気がつけば5年近くが過ぎていました。
「完璧に仕事と子育てを両立しなければ」
そう思わなくてもいいのではないでしょうか。
親権を取ったことに後悔はない
ここまで書いてきたように、父子家庭になってからの生活は決して楽ではありませんでした。
思い出したくないほど大変だった時期もあります。
その頃の記憶が曖昧になっている部分さえあります。
それでも、自分で親権を取ることを望んだことを後悔したことは一度もありません。
あのとき自分で決めたことです。
そして、その覚悟を持って子どもたちとの生活を選びました。
だから、大変だったことと後悔していることは、私の中では別の話です。
しんどかった。
無理もした。
間違ったこともたくさんあったと思います。
それでも、子どもたちと一緒に過ごしてきたこの5年間を、私は後悔していません。
頑張った自分を褒めてあげたいとも思えるようになりました。
もし今、シングルファーザーとして仕事と子育ての両立に悩み、「この先もやっていけるのだろうか」と立ち止まっている人がいるなら、私から言えることは一つだけです。
私のやり方を真似する必要はありません。
もっと人を頼ってもいい。
もっと上手にやれる人なら、さらにいい。
完璧にできなくても全然いい。
今できることを、一つずつやっていけばいい。
そして、どうしてもしんどくなったときには、少しだけ先の自分を想像してみてください。
今とまったく同じ毎日が、永遠に続くわけではありません。
きついのは今だけだよ。
5年前の自分にも、そして今どこかで頑張っている誰かにも、私はそう伝えたいと思います。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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