シングルファーザーになってから、仕事と子育てを両立する中で、私が何度も悩んだことがあります。
それが、子供の留守番です。
仕事へ行かなければ生活はできません。
でも、仕事へ行けば子供だけで過ごす時間ができます。
特にわが家の場合、長女が中学生になって間もなく学校へ行けない日が増え、一人で家に残る時間も長くなっていきました。
「中学生なんだから、一人でも大丈夫だろう」
そう簡単に割り切ることは、私にはできませんでした。
朝は大丈夫そうに見えても、昼になると急に不安になるかもしれない。
電話をしても出ない。
仕事をしていても、
「何かあったんじゃないか」
と心配になり、仕事が手につかないこともありました。
それでも私は会社員です。
毎日仕事を休むわけにもいきません。
どうすれば仕事を続けながら、娘を一人にする不安と向き合えるのか。
留守番の約束を決めたり、休日に一人で過ごす練習をしたり、ときには娘を会社まで連れて行ったこともあります。
正解だったのかは分かりません。
ただ、その時その時で、
「今の自分にできることは何だろう」
と考えながら過ごしてきました。
この記事では、シングルファーザーとなった私が、仕事と子供の留守番の間で悩みながら、娘と一緒に過ごしてきた日々を振り返ります。
同じように、
「仕事へ行かなければならない。でも子供を一人にするのが心配だ」
と悩んでいる方に、わが家の経験が少しでも参考になればと思います。

離婚直後は子供の留守番をそれほど心配していなかった
離婚が成立したのは、長男が中学3年生、長女が小学6年生の頃でした。
離婚が成立してからもしばらくは前妻と同居していたため、その頃は子供だけで留守番をさせる心配はほとんどありませんでした。
前妻が家を出た頃には、長男の高校進学もほぼ決まっていました。
中学校へ通う時間もそれほど長くなく、比較的早く家へ帰ってくることが多かったと思います。
そのため、長女が一人で家にいる時間は、それほど長くありませんでした。
状況が変わったのは、長男が高校へ進学してからです。
長男は野球部に入り、本格的に部活動が始まりました。
当然、帰宅時間も遅くなります。
一方、長女は中学校へ進学して間もなく、学校へ行けない日が増えていきました。
朝は私と長男、長女の3人で朝食を食べます。
私は子供たちが朝ごはんを食べている途中で仕事へ向かい、その後、長男が学校へ行く。
すると家には長女一人が残ります。
朝の娘の様子を見て、
「今日は少し心配だな」
と思えば、出社時間を遅らせることもありました。
それでも基本的には、子供たちを家に残して仕事へ向かわなければなりません。
学校へ行けない日は、娘から担任の先生へ電話をして、
「今日は学校へ行けません」
と連絡するようにしていました。
今振り返れば、この頃から少しずつ、
仕事へ行かなければならない父親と、一人で家に残る娘。
その二つの間で悩む生活が始まっていたのだと思います。
昼休みに届く先生からの電話が日課になった
娘が学校へ行けない日が続くようになると、担任の先生から昼休みに電話が入ることが増えました。
「今日も体調が悪いようで、学校には来ていません」
そんな連絡です。
ほぼ毎日のように連絡をいただいていた時期もありました。
先生から連絡が入ると、今度は私から娘の携帯へ連絡します。
「大丈夫か?」
「何してる?」
そんな短いやり取りです。
学校へ行けているかどうかを確認するというより、私にとっては娘の安否確認に近かったと思います。
仕事をしていても、家には娘が一人です。
何事もなく過ごしているのか。
体調を崩していないか。
困ったことが起きていないか。
そんなことが、どうしても頭から離れませんでした。
そこで娘を一人で留守番させるにあたり、わが家なりの約束を決めました。
携帯電話は、できるだけそばに置いておくこと。
電話に気づかなかったときは仕方ない。でも、気づいたら必ず折り返しの電話かLINEをすること。
宅配便や知らない人が来ても対応しないこと。
家の電話には出ないこと。
洗濯物は外に干さないこと。
洗濯物については花粉対策という意味もありましたが、外から見て女の子がいる家庭だと分かるようなものを、できるだけ見せたくないという気持ちもありました。
そして、娘と相談して家の中に一万円を隠していました。
どうしても自分だけでは対応できないことが起きたら、そのお金を使っていい。
必要ならタクシーで病院へ行ってもいい。
本当に困ったときには、前妻のところへ行ってもいい。
そんな話もしていました。
今考えれば、心配しすぎだったのかもしれません。
それでも当時の私には、仕事へ行っている間に何か起きたとき、
「娘自身が助けを求められる方法を残しておきたい」
という気持ちがありました。
父親である私がずっとそばにいられない以上、せめて何かあったときの逃げ道だけは作っておきたかったのだと思います。

電話に出ない娘が心配で仕事が手につかなかった
娘を一人で留守番させるようになってから、私には仕事中の日課のようなものができました。
娘への安否確認です。
当時、娘は学校へ行けない日が多かったため、昼休みになると担任の先生から、
「今日も体調が悪いようで来ていません」
と連絡をもらうことがよくありました。
その連絡を受けると、今度は私が娘の携帯電話へ連絡します。
「大丈夫か?」
「何か変わったことはないか?」
そんな確認をするのが、いつしか当たり前になっていました。
ところが、困ったことが一つありました。
娘が電話に出ないのです。
当時は生活リズムが崩れていたこともあり、朝ごはんはいつもの時間に食べても、私が仕事へ出た後に自分の部屋で眠ってしまうことがありました。
おそらく電話に気づかなかっただけ。
頭ではそう考えようとします。
でも、一人で家にいる娘が電話に出ないとなると、そんなに簡単に割り切れるものではありませんでした。
何度電話しても出ない。
LINEを送っても返事がない。
そうなると、
「何かあったんじゃないか」
という不安ばかりが大きくなります。
当然、仕事なんて手につきません。
携帯電話を気にしながら仕事をして、何度も画面を確認する。
ようやく娘から、
「寝てた」
と返事が来て、ほっとする。
そんなことを何度も繰り返していました。
そして私は、ある時から娘へ安否確認の電話をすることをやめました。
心配ではなくなったからではありません。
むしろ逆です。
電話をして出なければ、余計に不安になる。
でも、仕事中の私にはすぐに確認する方法がない。
だったら、
「何かあれば娘から連絡が来る。連絡がないということは、きっと大丈夫なんだろう」
そう思い込むことにしました。
かなり強引な思い込みだったと思います。
それでも、当時の私にはそれ以外の方法が思いつきませんでした。
仕事をしなければ生活はできない。
でも、仕事をしている間も頭のどこかでは、ずっと娘のことが気になっている。
だからといって、毎日仕事を休んでそばにいることもできません。
今振り返っても、この頃は仕事と子育てをどう両立すればいいのか、答えなんてありませんでした。
ただ、
「連絡がないのは、きっと元気な証拠だ」
そう自分に言い聞かせながら、仕事を続けていました。
「今日は一人にできない」と感じる朝もあった
「連絡がないのは、きっと元気な証拠だ」
そう自分に言い聞かせて仕事へ向かう一方で、朝の娘の様子を見て、
「今日は一人にしない方がいいな」
と感じる日もありました。
そういう日は、朝から娘の様子がいつもと違います。
普段なら私が起こさないとなかなか起きてこない娘が、自分から起きてくる。
そして、妙に私のそばから離れません。
私が台所で弁当を作っていれば、近くにいる。
洗面所で歯を磨いていても、ついてくる。
弁当をバッグに詰めたり、仕事へ行く準備をしたりしている間も、何となく私のそばにいる。
何かをはっきり言うわけではありません。
「一人にしないで」
と言われたわけでもありません。
でも、毎日一緒に生活していると、何となく分かるものがありました。
私には、それが娘からのSOSのように感じられたのです。
そこにはっきりとした根拠があったわけではありません。
ただ、その時の私はそう感じたのです。
そんなとき、私は娘に、
「一緒に行くかい?」
と声をかけていました。
すると娘は、すごく嬉しそうな顔をするんです。
その表情を見ると、
「ああ、やっぱり今日は一人でいたくなかったんだな」
と思いました。
もちろん、仕事があります。
突然子供を連れて行くことが、普通の会社員の働き方だとも思っていません。
それでも私にとっては、仕事へ行くことと同じくらい、いや、それ以上に娘が穏やかに一日を過ごせることの方が大切でした。
「中学生なんだから大丈夫」
「昨日は一人でいられたんだから今日も大丈夫」
そう自分に言い聞かせて仕事へ行くこともできたと思います。
でも、目の前にいる娘がいつもと違う。
そう感じた以上、私にはそのまま一人で家に残すことはできませんでした。
だから、そんな日は娘を車に乗せて一緒に会社へ向かいました。
仕事を休むわけでもない。
娘を一人で家に残すわけでもない。
今振り返れば、ずいぶん強引な方法だったと思います。
でも当時の私は、仕事もしながら娘を守る方法として、それしか思いつかなかったのです。

仕事をしながら娘を守るために私が出した答え
娘を一人にできないと感じた日は、そのまま車に乗せて会社へ向かいました。
会社に着くと、事務所の前に車を停めます。
私の勤務先はそれほど大きな会社ではありません。
何かあって娘から電話がかかってきても、30秒もあれば車まで戻れる距離でした。
「父ちゃん、仕事に行ってくるよ。何かあったら電話しなさい。すぐに車に戻るから」
そう伝えて、私は仕事へ向かいます。
もちろん、娘を一日中ただ車の中で待たせるわけにもいかず、まずは環境を整えました。
最初に、車の中で過ごすためのルールを決めました。
エアコンを使うため、車のエンジンは掛けたままにしていました。
だからこそ、私が一番強く言っていたのが、
「絶対に運転席には入らないこと」
でした。
車内で移動するときも後ろの席だけ。
そして、何かあれば自分で何とかしようとせず、すぐに私へ連絡すること。
何かあってからでは遅いので、この二つは娘にも繰り返し伝えていました。
少しでも過ごしやすいように、できる限りの準備もしていました。
車はミニバンだったので、ある程度のスペースがあります。
テレビやDVDを見られるようにして、娘が好きな漫画も10冊ほど積んでいました。
学校の勉強道具と、勉強するときに使える簡易的な机も用意しました。
冷蔵庫も積んでいたので、飲み物や簡単に食べられるものも準備していました。
疲れたら横になれるように、タオルケットも積んでいました。
そして仕事中も、1時間に一度くらいは車へ戻って娘の様子を見るようにしていました。
一番困ったのはトイレです。
念のため簡易トイレも準備していましたが、昼休みには一緒にコンビニへ行き、トイレを済ませる時間にしていました。
こうして書いてみると、
「そこまでして会社へ連れて行くの?」
と思う人もいるかもしれません。
私自身、これが誰にでも勧められる方法だとは思っていません。
勤務先の環境によってはできないでしょうし、車内で長時間過ごさせることには、安全面で考えなければならないこともあります。
当時の私は、娘の状況について会社の同僚にも伝えていました。
そのため、娘を連れてきていることが会社に知られること自体は、それほど気にしていませんでした。
もし、それで何か言われるようなら、
「その時は仕事を休めばいい」
くらいに考えていました。
会社へ連れて行く。
今考えても、決してスマートな方法ではありません。
それでも当時の私には、
仕事を続けること。
そして、
娘を一人にしないこと。
その二つを同時に守ろうとすると、この答えしか出せませんでした。
仕事が終わって一緒に帰る頃には、娘の機嫌も朝よりずっと良くなっていました。
途中でアイスやお菓子を買っていたので、それが嬉しかっただけなのかもしれません。
それでも、いつもの娘に戻っている姿を見ると、
「今日はこれで良かったんだろう」
と、ほっとしたものです。
正解だったのかどうかは、今でも分かりません。
ただ、あの頃の私なりに考えて出した答えが、娘を会社まで連れて行くことでした。
留守番は「できるか」ではなく少しずつ慣らしていった
娘を一人で留守番させなければならない以上、いつまでも私がそばにいるわけにはいきません。
仕事がある以上、どうしても娘が一人で過ごさなければならない時間は出てきます。
だから私は、休みの日を使って一人で過ごす練習もしていました。
といっても、いきなり娘を一人にして遠くへ出掛けるわけではありません。
娘を家に残して、私は自宅からそれほど離れていないイートインスペースのある施設へ行き、そこでブログの作業をしていました。
時間は半日ほどです。
パソコンでブログを書きながら、携帯電話は常に目の前に置いておく。
もし娘から、
「帰ってきて」
と連絡があれば、すぐに作業をやめる。
そこからなら15分もあれば家へ戻れました。
つまり娘は一人で留守番していますが、私自身はいつでも戻れる場所にいたのです。
最初から、
「中学生なんだから半日くらい大丈夫だろう」
と決めつけるのではなく、
「まずやってみよう。無理だったら父ちゃんが帰ってくるから」
そんな感じだったと思います。
そして帰宅したら、
「大丈夫だった?」
と娘に聞く。
何事もなく過ごせたのであれば、それで十分です。
一度できたからといって、次の日から何時間でも大丈夫だとも考えませんでした。
子供の気持ちは毎日同じではないからです。
昨日は平気でも、今日は何となく不安になる。
逆に、最初は不安だったことが、何度か経験するうちに平気になることもあります。
だから私が大切にしていたのは、
「留守番できる年齢になったか」ではなく、「今日は一人で大丈夫そうか」
ということでした。
仕事へ行く日の朝も同じです。
「今日は大丈夫そう?」
と娘に聞いてから家を出る。
娘が「大丈夫」と答えても、顔色や声の調子がいつもと違えば、その言葉だけで判断しない。
反対に、いつもと変わらない様子なら、娘の「大丈夫」を信じて仕事へ向かう。
そうやって少しずつ、娘も私も一人で過ごす時間に慣れていったように思います。
留守番というと、
「何歳からなら大丈夫なのか」
という年齢が気になるかもしれません。
私も当時は、中学生なのだから大丈夫だろうと思っていました。
でも、実際に娘との生活の中で、それだけでは判断できないことが何度かありました。
同じ中学生でも、一人でいることが平気な子もいれば、不安を感じる子もいると思います。
そして同じ子供でも、その日の気持ちによって違います。
だから、これから子供を一人で留守番させなければならないお父さん、お母さんがいるなら、まず本人に聞いてみてほしいと思います。
「一人で大丈夫そう?」
最初は短い時間からでもいい。
そして、もし途中で不安になったら、いつでも連絡していい。
そんな逃げ道を残しながら、少しずつ一人で過ごす時間を経験させていく。
ちょっと過保護かなとも思うのですが、わが家ではそうやって留守番と向き合ってきました。

高校進学を境に留守番の心配はなくなった
そんなふうに娘の留守番を心配する生活が続いていましたが、ある時を境に状況は大きく変わりました。
高校進学です。
これは本当にはっきりしていました。
高校生活が始まってから、娘はほとんど学校を休まなくなりました。
中学生の頃、一人で家に残すことさえ心配していた私からすると、驚くほどの変化でした。
もちろん、何か一つの出来事だけで娘が変わったとは思っていません。
いろいろなことが重なった結果だと思います。
ただ、私が一つの転機だったのではないかなと思っているのが、高校を選んでいた頃のことです。
娘が、
「特進に行きたい」
と言ったのです。
特進、いわゆる特別進学クラスです。
学校説明会では、特進クラスはどの学校も基本的に毎日登校する必要があるという説明を受けていました。
それまで学校へ行けない日が続いていた娘です。
私は当然、心配しました。
学校を選ぶときにも、
「本当に大丈夫?」
「毎日学校へ行くことになるよ」
と何度も娘に確認したのを覚えています。
それでも娘は、
「行きたい」
と言いました。
最終的には、その娘の気持ちを信じることにしました。
そして高校生活が始まります。
すると、それまでの生活が嘘だったかのように、娘は学校へ通うようになりました。
さらに、高校で担任になってくれた男性の先生との出会いも、娘にとって大きかったのだと思います。
その先生の影響もあってか、娘はやがて、
「学校の先生になりたい」
と言うようになりました。
自分がこれから何をしたいのか。
どんな方向へ進みたいのか。
娘なりに、少しずつ将来の姿が見えてきたのかもしれません。
それが嬉しかったのだろうと、私は思っています。
驚いたのは、それだけではありません。
学校が休みの日にも、自分から担任の先生に補習をお願いして、教室を開けてもらうことまでありました。
中学生の頃には学校へ行くことが難しかった娘が、今度は休みの日にまで学校へ行こうとしている。
そばで見ていた私は、
「こんなに変わるものなのか」
と本当に驚きました。
そしていつの間にか、毎朝の確認も、
「今日は一人で大丈夫そう?」
から、
「今日は何時に帰って来れるの?」
へと変わっていました。
留守番を心配する必要そのものが、ほとんどなくなっていたのです。
だって、家にいないのですから。
中学生だった頃の私は、そんな未来を想像することなどできませんでした。
目の前にいる娘をどうやって一人にしないか。
仕事をしながら、どうやって今日一日を乗り切るか。
それだけで精一杯でした。
でも今振り返ると、子供はずっと同じ場所にいるわけではないのだと思います。
何かのきっかけで前へ進むこともある。
自分で進みたい方向を見つけることもある。
もちろん、すべての子供が同じように変わるとは思いません。
娘の場合も、いろいろな偶然や出会いが重なった結果なのだと思います。
それでも、あの頃の自分に一言だけ伝えられるなら、
「今は想像できないだろうけど、娘は元気に学校へ行っているよ」
そう教えてあげたいですね。
子供を留守番させる前に、まず本人に聞いてほしい
ここまで私と娘の留守番について振り返ってきましたが、もし今、
「子供を一人で留守番させても大丈夫だろうか」
と悩んでいる方がいるなら、私から伝えたいことがあります。
それは、まず子供本人に聞いてみてほしいということです。
「一人で大丈夫そう?」
それだけでもいいと思います。
子供自身も最初は、
「大丈夫」
と思っているかもしれません。
でも、実際に一人になってみると急に不安になることだってあります。
逆に、最初は不安だったのに、少しずつ経験することで一人でも平気になっていくこともあります。
一人だとゲームをしても怒られない。お菓子も食べ放題。
そんなちょっとした自由も、子供にとっては留守番の楽しみになるのかもしれません。
だから私は、
「何歳になったから大丈夫」
「中学生になったから大丈夫」
と、年齢だけで決めなくてもいいのではないかと思っています。
休みの日に短い時間から試してみる。
何かあればすぐに連絡できるようにしておく。
そして、その日の子供の顔を見て、声を聞いて、最後に本人へ確認する。
わが家では、そうやって少しずつ留守番と向き合ってきました。
もちろん、仕事があります。
毎回子供の都合に合わせて仕事を休めるわけでもありません。
「今日は大丈夫であってほしい」
そう思ってしまうこともあると思います。
私もそうでした。
それでも、子供がいつもと違うと感じたときくらいは、少し立ち止まって様子を見てあげてもいいのではないでしょうか。
私の場合は、会社へ連れて行くという少し強引な方法を選んだ日もありました。
それが正解だったのかは今でも分かりません。
もっと良い方法があったのかもしれません。
でも、あの頃の自分を振り返って、
「あの時の判断は間違っていなかったよ」
と今の私は伝えてあげたいと思います。
当時の私には、今の娘の姿なんて想像もできませんでした。
今日一日をどう乗り切るか。
明日は大丈夫だろうか。
そんなことばかり考えていました。
それでも時間は流れ、子供も少しずつ成長していきます。
だから今、同じように仕事と子供の留守番の間で悩んでいるお父さん、お母さんにも、焦って答えを出さなくていいのではないかと思います。
その日の子供を見ながら、その日の答えを一緒に考えていく。
少なくとも私は、それでいいと思っています。

まとめ|仕事と子供の留守番に正解はなかった
シングルファーザーになり、仕事を続けながら子供たちとの生活を守っていく中で、留守番は私にとって大きな心配ごとの一つでした。
仕事へ行かなければ生活はできない。
でも、子供を一人にするのは心配。
どちらか一つを選べる問題ではありませんでした。
だから私は、その時の娘の様子を見ながら、その日できる方法を考えてきました。
電話に出ない娘を心配しながら仕事をした日もあります。
一人にするのが心配で会社へ連れて行った日もあります。
休日に短い留守番を試したこともあります。
今振り返れば、もっと上手な方法があったのかもしれません。
それでも、あの頃の私はあの頃の私なりに、子供たちとの生活を守ろうとしていました。
そして今なら、留守番について悩んでいた頃の自分にも、
「そんなに急いで答えを出さなくても大丈夫だよ」
と言ってあげられるような気がします。
子供の成長とともに、親の心配ごとも少しずつ形を変えていきます。
そのたびに悩んで、考えて、子供と話をする。
これからも、それでいいのだと思っています。
私がシングルファーザーになってから経験してきた子育てや家事、仕事との両立については、こちらの記事にまとめています。
同じように父親一人で子育てをしている方や、これからの生活に不安を感じている方に、どれか一つでも参考になる経験があれば嬉しく思います。
関連記事:シングルファーザーの子育てと生活|父親一人で歩んだ奮闘記
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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