シングルファーザーになって、「時間をお金で買う」意味が分かった

奮闘記

離婚する前の私は、「時短」という言葉に、どこか甘えのようなイメージを持っていました。

料理は手作りの方が良い。

節約できるところは節約した方が良い。

多少しんどくても、自分が頑張ればいい。

そういう人間でした。

実際、父親が料理人だったこともあり、料理には多少の自信がありました。

味だけを考えれば、それなりのものは作れる。

でも、シングルファーザーになってから、その考えは根底から変わりました。

子供たちとの生活が始まると、「美味しい料理を作ること」よりも、「生活を壊さず、毎日回し続けること」の方が、遥かに大切だと気づいたからです。

ある日の朝食の風景

「頑張れば何とかなる」と思っていた自分へ

離婚当時、長男は15歳、長女は12歳。

育ち盛りです。

私の帰宅は19時頃。

そこから食事を作れば、子供たちが食べ始める時間は20時を過ぎます。

料理に凝れば凝るほど、子供たちの生活時間は後ろへずれていきました。

仕事の都合でどうしても作れない日もある。

栄養は必要。

でも時間は足りない。

当時は、その現実にかなり苦しみました。

思い返せば、離婚前の私は「自分一人なら多少無理をしても何とかなる」という感覚で生きていました。

単身赴任もしていたし、食事もお腹いっぱいになれば十分でした。

お酒もタバコも普通にやっていた。

当然、健康診断の結果なんて良いわけもなく、高血圧や高コレステロール、さらには糖尿病と、処方される薬がどんどん増えていきました。

今でも忘れられないのが、主治医の先生に言われた言葉です。

「60歳を過ぎて、100kgを超える日本人を見たことありますか?」

最初は意味が分かりませんでした。

でも考えているうちに、「これは本当にまずいのかもしれない」と、初めて現実の危うさを感じました。

自分が死ぬなんて、普段は想像すらしていない。

でもその時初めて、「確実に危ない領域へ入っていたんだな」と実感しました。

あの時はっきり言ってくれた先生には、今でも感謝しています。

それでも当時は、「そろそろ体調を考えないとなぁ」と思いながら、どこか先延ばしにしていた。

でも、子供たちと暮らし始めてから、その考えは一気に変わりました。

自分一人なら多少無理をしても良かった。

でも子供たちと生活する以上、「自分が倒れる」という選択肢は取れなくなりました。

惣菜を使うことに、迷いはありませんでした

最初は宅配弁当や食材宅配も試しました。

でも自分の生活スタイルにはうまく合わず、逆に疲弊してしまいました。

そんな時、近所の薬局の敷地内に惣菜屋さんがあることに気づきました。

「これ、いいじゃん」と思いました。

サラダ、副菜、主菜と種類が多く、栄養バランスも考えられている。

正直、料理人の息子としては「自分で作った方が美味しい」という気持ちがなかったわけではありません。

でも、その時の自分に必要だったのは、料理の出来栄えよりも、子供たちの生活をきちんと回すことでした。

味は少し薄めで、子供たちには物足りなさもあったようですが、「生活を回す」という意味ではかなり助けられました。

一人あたり800円前後。

安くはありません。

毎日は無理でした。

それでも、自分の料理へのこだわりと子供たちの健康を天秤にかけた時、迷いはありませんでした。

子供たちの健康を優先したかった。

それだけでした。

お金の不安はありました。

それでも「毎日じゃなければ何とかなるかもしれない」という思いもありましたし、子供たちに栄養バランスの取れた食事を用意してあげられることが、素直に嬉しかったのを覚えています。

それと同時に、「今日は夜ご飯の心配を少し減らせるかもしれない」「少しだけ時間に余裕ができるかもしれない」という期待感もありました。

時短というより、心の負担が少し軽くなる感覚だったのかもしれません。

子供たちにも、ちゃんと話して決めました

私は子育てをするうえで、「子供たち自身に決めさせる」ことを大切にしてきました。

「父ちゃんが言ったから」ではなく、自分の気持ちをちゃんと表現して、自分で考えてほしい。

それが、私なりの信念でした。

だから惣菜を使う時も、子供たちとちゃんと話しました。

「父ちゃんの飯がいい」と言われれば、時間がかかっても作るつもりでした。

でも子供たちは、素直に受け入れてくれました。

お金のことも、時間のことも、できるだけ包み隠さず話していたので、子供たちなりに感じるものがあったのかもしれません。

その後、長男はそれまで苦手だった豆類やエビを食べてくれるようになりました。

魚があまり得意でなかった長女も、文句を言わずに食べてくれるようになりました。

そんな小さな変化が、当時の自分にはとても嬉しかったです。

子供たちも子供たちなりに、家の状況を受け止めてくれていたのだと思います。

「時間を買う」と「お金を守る」の間で、ずっと悩んでいる

シングルファーザーになってから、「時間をお金で買う」という考え方をするようになりました。

でも現実は、そんなに単純ではありません。

例えば高速道路。

朝だけでも使えば、通勤がかなり楽になります。

でも片道1,050円。

毎月で考えると2万円近い出費になります。

最終的に私は、高速道路をできるだけ使わない選択をしました。

その代わり、20分だけ早く起きる。

そして90分の通勤時間を、YouTubeの聞き流しを使った勉強時間に変えるようにしました。

ブログやアフィリエイトの勉強です。

時間を買うことも大事。

でも、お金を守ることも大事。

その間で、今もずっと悩みながら生活しています。

つまり、何でもお金で解決できるわけではありません。

惣菜にはお金を使う。

でも高速道路はできるだけ使わない。

必要だと思うものには投資する。

でも、削れるところは削る。

その判断を毎日の生活の中で繰り返している感覚です。

MacBookとChatGPTは、自分への投資でした

ブログを始めた時、思い切ってM2のMacBookを購入しました。

正直、かなりテンションが上がりました。

「カフェでMacBookを開いて作業する」なんてイメージも持っていました。

でも現実は違って、画面は少し小さく感じるし、そもそもカフェで作業するのが恥ずかしくて、一度しかやっていません。

想像していたような、かっこいい作業スタイルにはなりませんでした。

それでも、MacBookを買ったことに後悔はありません。

今でもブログを書く上で、大きな支えになっています。

スペックを使いこなしているとは言えません。

ブログを書く、調べる、画像を扱う、文章を整える。

自分の使い方はその程度です。

それでも、自分の中では「これでブログを頑張ろう」と思える道具でした。

外付けHDDでバックアップも取るようにしました。

本当は、急な故障でブログ作業が止まらないように、予備としてもう一台Macがあれば安心です。

でも今は、そこまで無理はできません。

だからこそ、できる範囲で備えることにしました。

もう一つ大きかったのが、ChatGPTの有料プランでした。

文章に自信がなかったこともあり、壁打ちしながら記事を整理したいと思ったのです。

実際、かなり助けられています。

一人で考えていると、どうしても迷います。

でも壁打ちしながら言葉にしていくと、自分が本当は何を伝えたかったのかが少しずつ見えてきます。

将来的にブログ収益につながれば、あの時「時間とお金を投資した意味」がさらに大きなものになる気がしています。

時短は、「楽をすること」ではなかった

シングルファーザーになってから、時短について考えることが本当に増えました。

でも実際に生活してみて分かったのは、時短は「楽をすること」ではないということです。

倒れないため。

子供たちの生活リズムを守るため。

健康を崩さないため。

少しでも前向きに生活を回すため。

そのために必要な選択でした。

今でも余裕があるわけではありません。

時間も足りないし、お金もかかる。

それでも、これは家族を守りながら自分自身も少しずつ前へ進むための「自己投資」だったと、今は思っています。

「これが正解だ」とは思っていません。

でも、その時その時で自分にできる精一杯を続けてきた、という自負だけはあります。

完璧な生活ではありません。

でも、完璧じゃなくても、生活は回せる。

最近は、そんなふうに思えるようになりました。

長男は大学を辞め、自分で考えて就職しました。

娘は今、大学進学に向けて頑張っています。

これから先も、きっと色々なことがあると思います。

家族で話し合いながら、時にはぶつかりながら、それでも最後に「色々あったけど、楽しかったな」と思えたら。

今は、それで十分かなと思っています。

明日もまた、朝は早いです。

弁当を作って、洗い物をして、仕事へ向かいます。

特別なことは何もありません。

でも、今日一日を何とか回せたなら、それでいい。

同じように悩んでいる人、今まさに苦しんでいる人へ。

完璧じゃなくていいと思います。

まずは今日一日を回せれば、それで十分です。

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