離婚してから、困ったことはたくさんありました。
親権のこと。仕事との両立。洗濯や掃除。子供たちの学校生活。そして自分自身の体のこと。
でも今振り返ってみると、離婚から何年たっても毎日向き合い続けているのが「食事」なんです。
私の父親は料理人でした。だから料理そのものには、それなりの自信がありました。「料理くらいなら何とかなるだろう」と、正直なめていたんだと思います。
ところが実際に子供たちとの生活が始まってみると、そう簡単な話じゃなかった。
本当に難しかったのは、料理することじゃありませんでした。
毎日、献立を考え続けることだったんです。
今日は何を食べさせようか。野菜は足りてるか。魚も食べさせたい。でも今日の帰りは19時頃になる。買い物に行く時間も作らないといけない——。
そんなことを、毎日毎日考えていました。今でも考えています。
正直、まだ答えは出ていません。
それでも最近気づいたことがあります。献立を考えるその時間こそが、父親として家族と向き合っている時間だったんじゃないか、と。
シングルファーザーになって最初に困ったのは食事だった
離婚した時、長男は15歳、長女は12歳でした。
まさに育ち盛り。食事を適当に済ませるわけにはいきません。
父親が料理人だったおかげで、私は子供の頃から台所に立つ人の背中を見て育ちました。自分でも一通り作れるし、味だけなら何とかなると思っていました。
でも問題は、そこじゃなかった。
時間です。
私の帰宅は19時頃。そこから夕食を作り始めれば、子供たちが食べ始めるのは20時を過ぎます。料理にこだわればこだわるほど、子供たちの生活リズムはどんどん後ろにずれていく。
しかも私は片道90分の通勤です。往復3時間。買い物を含めれば、仕事以外で毎日4時間近くが消えていきます。
その中でブログを書く時間も確保したかった。会社以外の収入の柱を作りたかったからです。
でも子供たちの食事を疎かにはできない。
子供の健康は食事から始まる。
今でもそう思っています。だからこそ、献立に悩み続けることになったんです。
本当に難しかったのは、毎日考え続けることだった
料理を作ること自体は嫌いじゃありません。
むしろ好きだからこそ、悩むんです。
野菜も食べさせたい。魚も食べさせたい。栄養バランスも考えたい。でも時間は限られている。
気づけば毎日、「今日の晩ごはん、どうしよう」と頭の片隅で考えています。
今でもそうです。
惣菜を買うようになったからといって、悩みがなくなるわけじゃない。便利なサービスを使っても、終わりにはならない。
結局、毎日献立を考え続けることに変わりはないんです。
ただ、ひとつだけ考え方が変わりました。
当時は「どうすれば正解なのか」を探していました。でも今は、正解なんてないんだと思っています。
その日の体調。その日の仕事の疲れ具合。子供たちの様子。財布の中身。全部違います。
だから、その日にできる精一杯を考えるしかない。
今はそう思えるようになりました。
宅配弁当やコープも試した
何も考えずに今の生活スタイルにたどり着いたわけじゃありません。少しでも楽になろうと、いろいろ試しました。
まず試したのは宅配弁当です。温めるだけで食べられて、栄養バランスも考えられている。忙しいシングルファーザーには理想的に見えました。
でも実際に使ってみると、どうしても物足りなさを感じてしまう。美味しくないわけじゃないんです。ただ、作りたての食事と比べると、育ち盛りの子供たちには少し合わなかった。
コープも試しました。便利なサービスだとは思います。ただ、日中は仕事で不在なので、玄関先に保冷ボックスを置いてもらう形になります。
うちは山間の住宅地で虫も多く、夏場の暑さも気になってしまって。神経質すぎるのかもしれませんが、どうしても気になるものは気になる。
冷凍食品もいろいろ試しました。今は本当に優秀な商品が多くて、自然解凍できるおかずはお弁当作りの強い味方です。ただ毎日の主役にするには、少し頼りなかった。
どれも万能じゃなかったんです。
結局、自分たちの生活に合う方法を探し続けるしかありませんでした。
一番助けられたのは、近所の惣菜屋さんだった
ある日、近所の薬局に立ち寄った時のことです。同じ敷地内に惣菜屋さんがあることに気づきました。
「これだ」と思いました。
サラダ、副菜、主菜。種類が豊富で、見ただけで栄養バランスが考えられていることがわかりました。
安くはありません。一人当たりのおかず代だけで800円前後になることもあります。家族三人分ともなれば、それなりの金額です。
それでも迷いはありませんでした。
自分の料理へのこだわりより、子供たちの健康の方が大切だったし、帰宅後の時間が少しでも生まれることへの期待の方が正直大きかった。
毎日は無理です。お金の問題もあるし、売り切れていることもある。でも今でも、あの惣菜屋さんには本当に助けられています。
惣菜を買う時、必ずサラダを選んでいた
惣菜を買う時、自分なりに決めていたことが一つあります。
できるだけサラダを買うことです。
肉料理は比較的準備しやすい。揚げ物も用意できる。でも野菜は意識しないと、気づいたら足りなくなっています。
だから惣菜売り場に行くと、まずサラダコーナーを見ます。季節の野菜が使われているものがあれば、なるべくそちらを選ぶ。
旬のものを選ぶようにしているのは果物も同じです。春はキウイや桃、夏はスイカ、秋は梨、冬はいちご。値段も手頃になるし、何より美味しい。そして季節を感じられる。
忙しい毎日でしたが、そういう部分だけは手放したくありませんでした。
娘に気づかされたこと
週末、娘と一緒に買い物へ行くことがあります。
ある日、果物コーナーの前で娘が言いました。
「桃が安いね」
そしてすぐに続けて、
「桃の季節だもんね」
と。
その一言を聞いた時、胸がじんわりしました。
私は特別なことをしていたつもりはありません。ただその季節に美味しいものを買っていただけです。でも娘は、自然と季節を感じ取っていた。
息子はそういうことをあまり言いません。とにかくよく食べます。それはそれで頼もしいんですが(笑)。
娘との何気ない会話の中で、「ちゃんと伝わっているものもあるんだな」と思えた瞬間でした。
子供たちは、文句を言わなかった
今振り返ると、本当にありがたかったと思います。
子供たちは、私が出した食事にほとんど文句を言いませんでした。好みはあります。でも嫌な顔をすることはなかった。
長男は以前苦手だった豆類やエビを食べるようになりました。長女も魚を食べてくれるようになった。
子供たちなりに、私の状況を感じ取ってくれていたのかもしれません。お金のこと、時間のこと、仕事のこと——全部を理解していたわけじゃないと思います。でも家族として一緒に暮らす中で、何かを察してくれていたんじゃないかと。
子供ってすごいな、と思います。
正解は、今でもわからない
正直なところ、今でもわかりません。
私がやってきたことが本当に正しかったのか。自分のこだわりを押しつけていただけじゃないか。自己満足だったんじゃないか。そう思うこともあります。
離婚するくらいですから、立派な父親だとは思っていません。
それでも最終的には、自分にできることをやるしかなかった。完璧な答えを探すより、その日その日の精一杯を積み重ねるしかなかったんです。
まとめ|献立を考える時間も、家族の時間だった
シングルファーザーになってから、毎日の献立に悩み続けています。
今でも悩んでいます。
惣菜を使っても、便利なサービスを使っても、「今日は何を食べさせようか」と考えることはなくなりません。
でも今は、その時間を少し違う目で見ています。
サラダを選ぶ時間。旬の果物を手に取る時間。子供たちの体のことを考える時間。
それは全部、父親として家族と向き合っていた時間だったんだと思います。
正解だったかどうかは、わかりません。
それが幸せなのか大変なのか、今でもよくわかりません。
でも、自分にできることを続けてきた。
そして今日もまた、晩ごはんの献立を考えています。
たぶん、これからもずっとそうなんだと思います。

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