離婚してシングルファーザーになった日、子どもたちは大きな不安を抱えていたと思います。
それまで当たり前のようにそばにいた母親がいなくなり、これからどんな生活になるのか、学校はどうなるのか、進学はどうなるのか。まるで羅針盤を失ったまま、大海原に放り出されたような気持ちだったかもしれません。
もちろん、私自身も先の見えない毎日でした。
父親として子どもたちを幸せにできる保証など、どこにもありません。それなのに、「大丈夫」「幸せにする」と軽々しく口にすることは、私にはできませんでした。
だから私は、子どもたちに一つだけ約束しました。
「父ちゃんは、お前たちを裏切るようなことだけは絶対にしない。」
この約束は、子どもたちを安心させるためだけの言葉ではありません。
私自身が父親として生きていく覚悟であり、不安の中にいた子どもたちへ「安心していい」という思いを伝えるための約束でもありました。
あの日に交わしたこの約束は、今も私の生き方そのものになっています。
今回は、シングルファーザーになって子どもたちと交わした、たった一つの約束について書いてみようと思います。
私が子どもたちに残したかったもの
私は、子どもたちに私と同じ人生を歩んでほしいとは思っていません。
父親の考え方が正しいとも思っていませんし、私の価値観に従ってほしいとも思っていません。
人生は、自分で考え、自分で選び、自分で歩いていくものです。
だから私は、子どもたちには、自分の力で悩み、自分の力で答えを見つけられる人になってほしいと願ってきました。
もちろん、親として口を出したくなることはたくさんあります。
怪我をしてほしくない。
失敗してほしくない。
遠回りをしてほしくない。
そう思う気持ちは、今でも変わりません。
それでも私は、必要以上に口を出さないよう心掛けてきました。
子どもが自分で考え、自分で決め、自分で行動して初めて、その経験は本当の意味で自分のものになると思っているからです。
失敗することもあるでしょう。
思いどおりにいかないこともあるでしょう。
でも、それでいいと思っています。
私が願っているのは、「転ばない人生」ではありません。
転んでも、また立ち上がれる人になってほしい。
そのために、私がそばにいる間はいくら失敗してもいい。
親である私の役目は、転ばない道を歩かせることではなく、転んでも立ち上がれる力を育てることだと思っています。
だからといって、私の考え方を押し付けたいわけではありません。
私と同じように生きてほしいとも思っていません。
ただ、いつか私がいなくなり、人生のどこかで迷う日が来たとき、
「父ちゃんなら、この場面でどう考えるだろう。」
そんなふうに、一瞬だけ思い出してもらえたら、それだけで十分です。
そして、その考えを参考にしながらも、最後は自分自身で考え、自分自身の答えを選び、自分の足で歩いていってほしい。
それが、私が子どもたちに本当に残したかったものです。
約束できないことは口にしない
私は子どもたちに、よく話していたことがあります。
それは、
「約束できないことは口にしない。」
ということです。
約束をした以上は守る。
これは当たり前のことです。
しかし、人生は思いどおりに進むとは限りません。
どれだけ守ろうと思っていても、病気や事故、予想もしなかった出来事によって約束を果たせなくなることもあります。
だから私は、結果だけで人を責めるつもりはありません。
私が本当に大切だと思っているのは、
「守るつもりのない約束をしないこと」
です。
その場を取り繕うために、できるかどうか分からないことを軽々しく口にしない。
相手を安心させたい一心で、大きなことを言わない。
それは子どもたちに伝えてきたことでもあり、同時に私自身への戒めでもありました。
だからこそ、離婚して子どもたちとの生活が始まったときも、私は「幸せにする」とは言えませんでした。
もちろん、その気持ちはありました。
父親として、子どもたちには幸せになってほしい。
そのためなら、自分にできることは何でもしたい。
そう心から思っていました。
しかし、あの頃の私には、その言葉を約束として口にできるだけの確かな未来は見えていませんでした。
仕事も、生活も、子どもたちの進学も。
何一つ確かなものはなかったからです。
だから私は、自分にできることだけを約束しようと決めました。
約束できないことは口にしない。
それが、私自身が大切にしてきた生き方です。
子どもたちと交わした、たった一つの約束
では、あの頃の私に約束できることは何だったのか。
そう考えたとき、迷わず口にできた言葉が一つだけありました。
「父ちゃんは、お前たちを裏切るようなことだけは絶対にしない。」
それが、離婚して子どもたちとの生活が始まった日に交わした、唯一の約束です。
この言葉には、たくさんの思いを込めていました。
何があっても、お前たちの味方でいること。
困ったときには、一番に駆けつけること。
家族を見捨てないこと。
必要以上に口は出さなくても、いつもそばにいること。
そして、迷ったり困ったりしたときには、いつでも相談してほしいということ。
私は父親だからといって、人生の答えをすべて知っているわけではありません。
子どもたちより少し長く生きてきただけで、私自身も悩み、迷いながら今日まで歩いてきました。
だから、正解を与えることはできなくても、一緒に考えることはできます。
「父ちゃん、ちょっと相談がある。」
そう声を掛けてもらえる関係であり続けたい。
それが、私の願いです。
幸せな人生を約束することはできませんでした。
思い描いた未来を必ず実現できるという自信もありませんでした。
でも、父親として子どもたちを裏切らないことだけは、自分の意思で決めることができます。
だから私は、未来を約束するのではなく、自分の生き方を約束しました。
それが、あの日、子どもたちと交わした、たった一つの約束です。
答えを押し付けるのではなく、一緒に考える
子どもたちとは、よく話をします。
学校のこと。
友達のこと。
進路のこと。
そして、仕事のこと。
何か相談を受けたとき、私は「こうしなさい」と答えを決めることは、ほとんどありません。
もちろん、親としてこれまで生きてきた経験があります。
だから、自分ならどう考えるか、どんな選択肢があるのかは伝えます。
一つの考え方だけではありません。
「こんな考え方もある。」
「こういう道もある。」
できるだけ多くの選択肢を伝えた上で、子どもたち自身の考えも聞きます。
そして、
「じゃあ、一緒に考えてみようか。」
そんな会話を大切にしてきました。
私の経験が役に立つことはあると思います。
でも、それは答えではありません。
時代も違えば、置かれている環境も違います。
私の人生で正しかったことが、そのまま子どもたちの正解になるとは限らないからです。
だから最後に決めるのは、いつも子どもたち自身です。
私は、その決断を尊重したいと思っています。
もし迷ったり、失敗したりしたとしても、それで終わりではありません。
また一緒に考えればいい。
私は、いつでもそう思っています。
だからこそ、「困ったときは、いつでも相談してくれていい。」
そんな気持ちで、これまで子どもたちのそばにいてきました。
それが、私なりの父親としての向き合い方です。
親だって、間違えることがある
親になると、不思議なことがあります。
子どもから見れば、親は何でも知っていて、何でもできる存在のように映るのかもしれません。
でも、現実はそんなことはありません。
私だって失敗します。
むしろ、失敗することの方が多いように思います。
判断を間違えることもあります。
「あのときは、別の言い方をすればよかった。」
「もっと話を聞いてあげればよかった。」
そう思い返すことは、一度や二度ではありません。
だから私は、「親だから正しい」とは思っていません。
子どもたちに話をするときも、
「父ちゃんだったら、こう思うよ。」
とは伝えます。
でも、
「これが絶対に正しい。」
とは言いません。
私の考えも、一つの考え方に過ぎないからです。
だからこそ、子どもたちの考えにも耳を傾けます。
私が気付かなかったことに、子どもたちから教えられることもたくさんありました。
親が教えるだけではなく、親も子どもから学ぶ。
そんな親子でいたいと思っています。
私は完璧な人間にはなれませんし、理想の父親とも言えません。
それでも、
「一緒に考えてくれる父親」
ではありたい。
それは、離婚したあの日から、今も変わらない私の願いです。
約束は、毎日の暮らしの中にあった
「父ちゃんは、お前たちを裏切らない。」
そう約束したからといって、特別なことをしてきたわけではありません。
私たちの生活は、ごく普通の毎日の積み重ねです。
朝は少し早く起きて朝食を作る。
お弁当を用意する。
仕事へ行き、帰ってきたら夕食を作る。
洗濯をして、掃除をして、翌日の準備をする。
そんな毎日でした。
子どもたちも、自分にできることは自然と手伝ってくれるようになりました。
食器を洗ってくれたり、ゴミをまとめてくれたり、洗濯物を畳んでくれたり。
そのたびに交わす「ありがとう」の一言が、お互いの気持ちを少しだけ軽くしてくれたように思います。
離婚したからといって、毎日がドラマのようだったわけではありません。
笑う日もありました。
言い合いになる日もありました。
家事を少しサボってしまう日もありました。
疲れて何もしたくない日もありました。
それでも、一日を終えるたびに、
「今日も家族みんなで一日を過ごせた。」
そう思えることが、私にとって何より大切でした。
振り返ってみると、あの日の約束は特別な日に守るものではなく、何気ない毎日の暮らしの中で少しずつ形になっていったのだと思います。
少しずつ、自分の力で歩き始めた子どもたち
子どもたちは、もう小さな子どもではありません。
それぞれが自分の考えを持ち、自分の人生を歩き始めています。
もちろん、今でも悩むことはあります。
迷うこともあります。
思うようにいかない日もあるでしょう。
それでも、自分で考え、自分なりの答えを出そうとする姿を見るたびに、
「少しは親としての役目を果たせたのかな。」
そう思える瞬間があります。
もちろん、これから先も失敗することはあるでしょう。
私自身も、まだまだ親として迷うことがあります。
でも、それでいいと思っています。
人生は、失敗しないことが大切なのではありません。
失敗しながら前へ進んでいくことの方が、ずっと大切だと思うからです。
以前、ある書物で読んだ言葉があります。
「失敗しないことがすごいことではない。失敗しないということは、挑戦していないことの裏返しだ。」
私はこの言葉が、とても好きです。
だから子どもたちにも、よくこう話しています。
「失敗してもいいんだよ。失敗するということは、それだけ頑張っている証なんだ。」
困ったときには相談してくれればいい。
嬉しいことがあれば、一緒に笑えばいい。
私は子どもたちの人生を代わりに歩くことはできません。
でも、いつでも帰ってこられる場所ではありたい。
それが、今の私が考える父親の役目です。
最後に、子どもたちへ
この文章を、お前たちが読む日が来るのかどうかは分かりません。
もしかしたら、一生読むことはないのかもしれません。
それでも父ちゃんは、この文章を書いておきたかった。
離婚したこと。
一緒に笑ったこと。
時には言い合いになったこと。
家事を手伝ってくれたこと。
「ありがとう。」
そんな何気ない言葉を交わしながら過ごした毎日。
その一つひとつが、父ちゃんにとってはかけがえのない思い出です。
父ちゃんは、立派な人間でも、完璧な親でもありません。
今でも、
「あのとき、違う言い方ができたかな。」
と思い返すことがあります。
それでも、そのときそのとき、お前たちのことを一番に考えて生きてきたつもりです。
それだけは、胸を張って言えます。
これから先、お前たちにも嬉しいことや楽しいことがたくさんあるでしょう。
その反対に、思いどおりにいかず、立ち止まる日もあるかもしれません。
そんなときは、一人で抱え込まなくていい。
父ちゃんは、昔も、今も、そしてこれからも、お前たちの味方です。
あの日交わした約束は、これから先も変わりません。
「父ちゃんは、お前たちを裏切るようなことだけは絶対にしない。」
この約束だけは、これから先も守り続けます。
そして、もし父ちゃんが先にいなくなる日が来たとしても、一つだけ覚えていてくれたら嬉しい。
父ちゃんは、心からお前たちのことを愛しています。

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