離婚してシングルファーザーになった頃、娘が将来のことを話す日は、正直想像できませんでした。
毎日を過ごすだけで精一杯。
学校へ行くこと、笑顔で過ごすこと、家族3人で穏やかな時間を過ごすこと。
その一つひとつを積み重ねるだけで精一杯だったように思います。
だから私は、「大学には行くの?」「将来は何になりたいの?」と、未来を急かすようなことは、できるだけ口にしませんでした。
そんなある日、娘は私の想像をはるかに超える言葉を口にしたのです。
その一言は、娘だけではなく、私自身の未来まで照らしてくれました。
今回は、シングルファーザーとして歩む中で、私に希望を与えてくれた娘との忘れられない出来事を書いてみたいと思います。

高校選びは「通えること」が何より大切だった
娘が将来のことを話してくれたのは、中学3年生の12月頃だったと思います。
あの頃の私たちにとって、高校選びは「どこの高校へ進学するか」ではありませんでした。
「娘が安心して通える学校はどこなのか。」
それが一番大きなテーマでした。
中学校では思うように学校へ通えない時期が続き、高校進学についても不安ばかりが募っていました。
だから私は、娘と一緒に学校説明会や進学セミナーへ足を運び、娘が無理なく通えそうな学校を探し続けました。
通信制高校を中心にいくつもの学校を見学しましたが、それぞれ教育方針や学習スタイルは大きく異なります。
「この学校なら続けられるだろうか。」
「娘に合った環境はどこだろう。」
そんなことばかり考えていたように思います。
もちろん、大学進学なんて考える余裕はありませんでした。
まずは毎日学校へ通えること。
友達ができること。
笑顔で学校生活を送れること。
それだけで十分だと思っていました。
だからこそ、このあと娘の口から飛び出した言葉は、私の想像をはるかに超えるものだったのです。
高校選びでは学費も大きな判断材料でした。教育費については別の記事で、シングルファーザーとして実際に感じた現実を詳しくまとめています。
>>>シングルファーザーの教育費はきつい?高校生と大学生を育てた父親の現実
「父ちゃん、私学校決めたよ。」
その日も、いつもと変わらない夕方でした。
私はリビングで晩ご飯を作り、娘は自分の部屋で過ごしていました。
しばらくすると、娘が部屋から降りてきて、何気ない口調でこう言ったのです。
「父ちゃん、私学校決めたよ。」
突然の言葉に、私は思わず手を止めました。
「そうなん?どこの学校にするん?」
そう聞き返すと、娘は迷うことなく答えました。
「〇〇高校の特進にする。」
一瞬、自分の耳を疑いました。
それまで一緒に見学へ行っていたのは、娘が無理なく通えそうな通信制高校が中心でした。
もちろん、その中には特進クラスを設けている学校もありました。
でも、特進クラスは毎日登校することが前提です。
授業だけでなく、補習や長期休暇中の講習などもあり、決して楽なコースではありません。
中学3年間を振り返っても、学校へ通えた日数は決して多くありませんでした。
だからこそ、その選択は私にとって想像もしていなかったものでした。
最初は、「特進」という言葉の響きに憧れたのかもしれない。
そんな思いも頭をよぎりました。
嬉しい気持ちを抑えながら、私は思わず笑いそうになるのをこらえて聞きました。
「いきなりどうしたん?」
すると娘は、少し照れくさそうな表情を浮かべながら、私を見てこう続けたのです。
「父ちゃん、私、大学に行きたい。」

「父ちゃん、私、大学に行きたい。」
娘の口から出たその言葉に、私は思わず聞き返しました。
「えっ?」
正直、何が起きたのか分かりませんでした。
大学。
その言葉は、当時の私の頭の中にはまったくありませんでした。
もちろん、娘が将来の夢を持つことは嬉しいことです。
でも同時に、父親としていろいろなことが頭をよぎりました。
「一時的な気持ちじゃないだろうか。」
「学校へ通い始めたら、やっぱり無理と言い出すかもしれない。」
「特進クラスは想像以上に大変だぞ。」
嬉しさよりも先に、現実的なことばかり考えてしまったのです。
だから私は、娘と何度も話をしました。
毎日学校へ通うこと。
補習や長期休暇中の講習があること。
勉強についていく努力が必要になること。
通信制高校とはいえ、決して楽な道ではないこと。
そして、学費のことも正直に話しました。
私にとって決して安い金額ではありません。
だからこそ、「なんとなく」で決められることではありませんでした。
それでも娘の答えは、何度聞いても変わりませんでした。
「私は、この学校へ行きたい。」
「大学にも行きたい。」
その言葉には、迷いがありませんでした。
娘の気持ちを確認すればするほど、その決意は本物なのだと分かってきました。
そして、不思議なことに、娘の決意が固いと分かるたびに、私の中にも少しずつ希望が芽生えていったのです。
気づけば、嬉しくて、嬉しくて。
娘には気づかれないようにしていたつもりですが、きっと顔はニヤニヤしていたと思います。
父親になってから、本当にいろいろな出来事がありました。
でも、あの日ほど心から嬉しかった日は、そう多くありません。
娘が自分の気持ちを素直に話してくれるようになった背景には、親子で交わした「たった一つの約束」があったのかもしれません。その約束については、こちらの記事で詳しく書いています。
>>>シングルファーザーになって子どもたちと交わした、たった一つの約束
過去を変えることはできない。でも、未来は変えられる。
娘が将来のことを話してくれたあの日、私はもう一つ、大きなことに気づきました。
それは、過去にこだわり続ける必要はないということです。
娘が学校へ通えなくなった理由は、今でもはっきりとは分かりません。
離婚が影響していたのかもしれません。
私には気づけなかった理由も、きっとあったのでしょう。
でも今となっては、その答えを探し続けることに意味はないと思うようになりました。
たとえ原因が分かったとしても、過去に戻ることはできません。
あの頃をやり直すこともできません。
それなら、私が見るべきなのは過去ではなく、今の娘の姿でした。
毎日学校へ通い、自分の夢を語り、将来に向かって歩き始めようとしている娘。
その姿を見ていると、
「過去がどうだったかなんて、もう問題じゃない。」
そう思えるようになったのです。
私は、過去を振り返ることが悪いことだとは思いません。
でも、過去ばかりを見続けても、昨日は変えられません。
変えられるのは、今日の行動と、その先にある未来だけです。
あの日の出来事は、私にそのことを教えてくれました。
そして今では、この考え方が私自身の人生の土台になっています。
シングルファーザーとして子どもたちと歩んできた日々だけではありません。
仕事でも、人間関係でも、人生でも。
過去を悔やむのではなく、「これからどう生きるか」を考えるようになりました。
娘がくれた一言は、娘の未来だけではなく、私自身の生き方まで変えてくれたのです。
「変えられるのは未来だけ」という考え方にたどり着くまでには、多くの葛藤がありました。離婚直後、私が一番苦しかった時期については、こちらの記事でお話ししています。
>>>シングルファーザーになって一番つらかったのは、相談相手がいなかったことでした
娘が教えてくれた未来

あの日から数年が経ちました。
娘は通信制高校へ進学し、今ではほぼ皆勤賞と言えるくらい毎日学校へ通っています。
入学前、「本当に続けられるだろうか」と心配していた姿は、もうありません。
学校生活を楽しみながら勉強にも励み、地元の国立大学を目標に進学塾へ通うようにもなりました。
そして最近では、将来は教師になりたいという夢まで話してくれるようになりました。
あの頃、何かを怖がるように家から出ることさえつらそうにしていた娘は、もうそこにはいません。
もちろん、その夢が叶うかどうかは分かりません。
これから受験もありますし、その先にもたくさんの努力が必要になるでしょう。
それでも私は、娘なら素敵な先生になれるのではないかと思っています。
学校へ通えなかった経験。
将来が見えなくなってしまった経験。
言葉にはできない不安を抱えながら過ごした経験。
そんな経験をした人だからこそ、寄り添える子どもがいるような気がするのです。
教室には、元気に笑っている子ばかりではありません。
表には出さなくても、不安や悩みを抱えながら毎日学校へ来ている子どももいます。
そんな子どもたちの気持ちに寄り添える先生が、一人くらいいてもいい。
私は、そう思っています。
もし娘が教師になる夢を叶えたなら、勉強を教えるだけではなく、
「大丈夫。一緒に考えよう。」
そんな言葉を自然にかけられる先生になってくれるのではないか。
父親として、そんな未来を少しだけ楽しみにしています。
この出来事は、子育てだけではなく、私自身の人生観まで変えてくれました。50歳を前に「これからどう生きるか」を考えるようになった経緯については、こちらの記事でも綴っています。
>>>シングルファーザーになった私が、45歳で人生をやり直そうと思った理由
おわりに
シングルファーザーになった頃の私は、娘が将来の夢を話してくれる日が来るなんて想像もしていませんでした。
あの頃は、今日一日を無事に終えることだけで精一杯でした。
だからこそ、「父ちゃん、私、大学に行きたい。」
あの一言は、今でも私の心に残っています。
あの日、娘が教えてくれたのは「大学」という目標ではありませんでした。
人は、少しずつ前を向けること。
未来は、自分の力で変えていけること。
そして、親もまた子どもと一緒に成長していけるということでした。
もし今、この記事を読んでいる方の中に、
「このままで大丈夫なのだろうか。」
「子どもに笑顔が戻る日は来るのだろうか。」
そんな不安を抱えている方がいるなら、私の経験から一つだけお伝えしたいことがあります。
焦らなくても大丈夫です。
親が思っている以上に、子どもは前を向く力を持っています。
そして、その姿はきっと、親自身にも新しい希望を見せてくれます。
娘が話してくれた未来は、娘だけの希望ではありませんでした。
あの日の娘の一言は、シングルファーザーとして歩んできた私にとっても、未来を照らしてくれる希望の光だったのです。
シングルファーザーになって感じたのは、一人で抱え込まないことの大切さでした。もし今、同じような悩みを抱えている方がいたら、こちらの記事も読んでいただけるとうれしいです。
>>>シングルファーザーになって伝えたいこと|一人で抱え込まないという選択

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