シングルファーザーの子育てと生活|父親一人で歩んだ奮闘記

奮闘記

「これから父親一人で、子どもを育てていけるだろうか」

シングルファーザーとしての生活が始まった頃、私自身も先のことなどほとんど分かりませんでした。

毎日の食事はどうするのか。

仕事と子育てをどう両立するのか。

高校や大学への進学には、どれくらいのお金が必要になるのか。

学校行事には父親一人でも参加できるのか。

そして何より、子どもたちはこれから大丈夫なのだろうか。

考え始めれば、不安になることはいくらでもありました。

実際に父親一人で子どもたちとの生活を始めてみると、うまくいかないことも、迷うこともたくさんありました。

それでも一日一日を積み重ねていくうちに、

「全部を完璧にやらなくてもいいんだ」

と思えるようになりました。

もちろん、私の子育てが正解だとは思っていません。

家庭の事情も違えば、子どもの性格も違います。シングルファーザーになった理由も人それぞれでしょう。

だからこの記事で、「シングルファーザーならこうするべきだ」と言うつもりもありません。

この記事では、父親一人で子どもたちを育ててきた私が経験した、日々の生活や仕事、教育費、学校行事、一人で抱える悩み、そして子どもたちとの関係についてまとめています。

失敗したことも、悩んだこともあります。

それでも振り返ってみれば、子どもたちに助けられたり、成長した姿に驚かされたり、父親である私のほうが教えられたりしたこともたくさんありました。

もし今、「これからどうすればいいんだろう」と不安を抱えている方がいるなら、私たち親子の奮闘記を一つの体験談として読んでみてください。

「こんな家族もいるんだな」

「自分たちも、なんとかやっていけるかもしれない」

この奮闘記が、そう思える小さなきっかけになれば幸いです。

  1. シングルファーザーになって始まった父親一人の子育て
  2. シングルファーザーの生活は「全部やろう」は無理でした
    1. 時間をお金で買うことも一つの方法だった
    2. 献立を考える時間も家族の時間だった
  3. シングルファーザーの仕事と子育て|私は両立なんて程遠かった
    1. 仕事は4割、家庭は6割くらいがちょうどいい
    2. 子どもたちにも助けてもらいながら生活してきた
  4. シングルファーザーの教育費|子どもの進学とお金の現実
    1. お金を理由に子どもの可能性を狭めたくなかった
    2. 高校生と大学生を抱えて初めて分かった教育費
  5. シングルファーザーになって感じた学校行事の壁
    1. それでも学校行事にはできるだけ参加したかった
    2. 父親だからできないと決めつけなくてもよかった
  6. シングルファーザーになって一番辛かったのは、一人で抱えることでした
    1. 誰かに答えを出してほしかったわけではない
    2. 相談することは、弱いことではありません
  7. シングルファーザーになった私が子供たちと交わした約束
    1. 父親だから何でも解決できるわけではない
    2. 約束を守るというより、忘れないようにしてきた
  8. 子どもたちの成長を見て、父親の私が教えられたこと
    1. 娘の一言から見えた未来
    2. 子どもは親が思っている以上に、親を見ている
  9. シングルファーザーになって、私自身の人生も変わり始めた
    1. 45歳を過ぎて、自分の人生について考えるようになった
    2. 子どもたちが自分の人生を歩くなら、父親も歩いていい
  10. まとめ|シングルファーザーだからといって、完璧な父親でなくていい
    1. 父親一人で歩いてきたつもりだったけれど
    2. 今、シングルファーザーとして頑張っているあなたへ

シングルファーザーになって始まった父親一人の子育て

朝の支度をしながら子どもの弁当を作るシングルファーザーと、登校準備をする子どもたち

私がシングルファーザーになったとき、子どもたちはまだ中学生と小学生でした。

それまで4人家族で暮らしていた生活から、父親である私と子どもたちだけの新しい生活へ。

もちろん、不安だらけの毎日でした。

これから仕事をしながら家事をして、子どもたちの学校生活を支え、進学のことも考えていかなければならない。

父親一人で、本当にやっていけるのだろうか。

そんな思いはありました。

ただ、「シングルファーザーとして立派に子どもを育てよう」という思いはあっても、何をどうすればいいのか分からず、途方に暮れる毎日でした。

とりあえず目の前にあることを、一つずつやる。

朝になれば朝食を用意して、仕事へ行く。

帰宅すれば家のことをして、子どもたちと話す。

掃除は毎日できないので、お風呂掃除だけして、あとは週末へ回す。

学校のこと、進学のこと、食事のこと。

必要になったときに親子で話しながら、その都度どうするかを決めてきました。

そうやって一日一日を積み重ねているうちに、気がつけば長男は就職し、長女は大学受験生となっていました。

振り返ってみれば、決して順風満帆だったわけではありません。

と言いますか、ポンコツなことばかりだったように思います。

父親としての自分の判断が正しかったのか、後になって反省したことも何度もあります。

それでも、子どもたちと一緒に過ごしてきた時間の中には、大変だったという言葉だけでは表せない出来事がたくさんありました。

シングルファーザーになってからの生活を振り返った記事では、子どもたちと過ごしてきた日々や、その中で感じたことをもう少し詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーになって早4年|子供達と駆け抜けた時間と現実

ここからは、そんな生活の中で実際に直面した「毎日の暮らし」について、一つずつ振り返っていきます。

シングルファーザーの生活は「全部やろう」は無理でした

電話をしながら、料理をし、朝の準備を進める父親

シングルファーザーとしての生活が始まって、まず直面したのが毎日の家事でした。

料理、洗濯、掃除、買い物。

もちろん仕事もあります。

最初の頃は、「父親一人になったのだから、自分がしっかりしなければ」と、あれもこれも自分でやろうと毎日の生活に詰め込んでいました。

特に子どもたちの生活については、離婚したことで不自由な思いをさせたくないという気持ちが、すごく強かったです。

でも、仕事をしながら家のことを全部完璧にやろうとすると、当然ながら時間が足りません。

そこで少しずつ、

「やらなければならないこと」と「やらなくても何とかなること」

を分けるようになりました。

時間をお金で買うことも一つの方法だった

たとえば食事です。

毎日すべてを一から手作りできれば、それに越したことはないのかもしれません。

でも、仕事から帰ってきて、そこから買い物をして料理を作っていたので、当然夕食の時間が遅くなります。

夕食の後、就寝までの時間がほとんどなく、健康面での心配もありました。

そこで我が家では、惣菜や冷凍食品などにもずいぶんお世話になりました。

最初は少し後ろめたさもありましたが、やがて私はこれを「手抜き」ではなく、

「時間をお金で買う」

と考えるようになりました。

家事に使う時間を少し減らせれば、その分だけ自分に心の余裕ができます。

そして、その余裕は子どもたちと話したり、別の家事をしたり、時には自分自身を休ませたりする時間にもなります。

何でも自分でやることだけが、子どものためではない。

シングルファーザーになってから、そんな当然と思えることにも、改めて気付かされました。

関連記事:シングルファーザーになって、「時間をお金で買う」意味が分かった

献立を考える時間も家族の時間だった

とはいえ、食事をどうでもいいと思っていたわけではありません。

むしろ毎日の食事は、シングルファーザーになってから長く向き合い続けてきた問題の一つです。

「今日は何を食べようか」

「明日の弁当はどうしようか」

毎日のように考える献立は、正直面倒に感じることもあります。

それでも子どもたちの好き嫌いや、その日の予定などを考えながら食事を決めていく。

時には子どもたちに、

「今日、何が食べたい?」

と聞く。

そんな何気ないやり取りも、家族の貴重な時間だったように思います。

豪華な料理を作れる父親ではありません。

惣菜の日もあれば、冷凍食品に頼る日もある。

それでも、その日の我が家なりの食卓があって、みんなで笑いながらおしゃべりできる時間が取れれば、それでいい。

そう思えるようになりました。

関連記事:シングルファーザーの食事問題|献立を考える時間も家族の時間だった

家事や食事は毎日のことだからこそ、無理をすると続きません。

無理をするとギスギスします。余裕がなくなると笑顔も作れません。

全部を完璧にやることより、家族みんなが笑顔でいられることのほうが、よっぽど大切だと割り切りました。

それが、父親一人で生活を続けていくために私が見つけた一つの答えでした。

シングルファーザーの仕事と子育て|私は両立なんて程遠かった

リビングで仕事をしながら、子供達の宿題を見ている忙しそうな父親

家事のやり方は、ある程度自分で変えることができます。

掃除を週末に回したり、惣菜や冷凍食品を利用したり、その時の状況に合わせて工夫することもできます。

でも、仕事はそう簡単にはいきませんでした。

シングルファーザーになったからといって、仕事がなくなるわけではありません。

当然、生活していくためには収入も必要です。

仕事では仕事の責任を果たさなければならない。

一方、家に帰れば父親としての役割が待っています。

どちらか一方だけを選ぶわけにはいきません。

「仕事も子育ても、ちゃんとやらなければ」

そう思えば思うほど、時間はいくらあっても足りませんでした。

仕事は4割、家庭は6割くらいがちょうどいい

子どもがいれば、学校の予定もあります。

体調を崩すこともあれば、進学など将来について一緒に考えなければならないときもあります。

一方で、仕事にも自分の都合だけでは動かせない予定があります。

その二つが重なったとき、

「どちらを優先すればいいんだろう」

と悩むこともありました。

今振り返っても、仕事と子育てを両立するなんて程遠かったと思います。

時には仕事を優先した日もあります。

反対に、子どものことを優先した日もあります。

その時々で、

「今、一番大切なのはどちらだろう」

と迷いながら、その時できる判断をしてきただけです。

今は、それでいいんだと思っています。

正しいとか、正しくないとかではなく、そうするしかない場面もあるんです。

だから私の場合、気持ちとしては「仕事4割、家庭6割」くらいがちょうどいいと思うようになりました。

もちろん、本当に時間を4対6に分けるという意味ではありません。

それくらい家庭に気持ちを向けておかないと、気がつけば仕事ばかりになってしまう。

私にとっては、それくらいの感覚がちょうどよかったということです。

子どもたちにも助けてもらいながら生活してきた

シングルファーザーという言葉だけを見ると、父親一人ですべてを背負って子どもを育てているように思えるかもしれません。

でも、実際の我が家はだいぶ違いました。

私が子どもたちを支えてきたつもりでも、振り返れば、子どもたちに助けてもらっていたこともたくさんあります。

シングルファーザーだから何でも一人でやらなければならない。

今思うと、そんなに気負う必要もなかったのかなぁと思います。

家族なのだから、できる人ができることをやる。

困ったときには話し合う。

そして、どうしてもできないことは無理をしない。

そんな我が家なりのやり方が、自然に少しずつできてきたから、仕事を続けながら子どもたちとの生活も続けてこられたのだと思います。

仕事と子育てを両立するための「正解」なんて、今でも私には分かりません。

ただ一つ言えるとすれば、父親一人ですべてを抱え込むことが、シングルファーザーとして頑張ることではないんじゃないか。

息抜きしたい時は抜いていい。

泣きたい時は泣いていい。

笑いたい時は思いっきり笑ったらいい。

私はそう思っています。

シングルファーザーの教育費|子どもの進学とお金の現実

子供の進学先のパンフレットを見ながら物思いに耽る父親

子どもを育てていくうえで、避けて通れなかったのがお金の問題です。

毎月の生活費だけなら、ある程度は見通しを立てることができます。

でも、子どもは成長します。

中学校から高校へ。

高校から、その先の進路へ。

子どもたちが大きくなるにつれて、必要になるお金も変わっていきました。

特に進学について考える時期になると、

「いったい、いくら必要になるんだろう」

と現実的に考えなければならなくなります。

お金を理由に子どもの可能性を狭めたくなかった

シングルファーザーになったからといって、子どもたちの夢や進路まで変わってほしくない。

これは私がずっと思っていたことです。

もちろん、何でも好きなだけお金を出せるわけではありません。

進学先によって必要になる金額も違いますし、授業料だけではなく、受験料や入学金、教材費など、実際にはいろいろなお金が必要になります。

だからこそ、

「行きたい学校があるなら、まずは話してみよう」

という姿勢だけは持っていたいと思っていました。

最初から、

「お金がかかるから無理」

とは言いたくなかったんです。

親子で話して、そのうえでどうするかを一緒に考える。

我が家では、進学についてもそんなふうに向き合ってきました。

高校生と大学生を抱えて初めて分かった教育費

実際に子どもたちが高校、大学へと進んでいくと、教育費という言葉が一気に現実味を帯びてきます。

それまで漠然と、

「子どもにはお金がかかる」

と分かっていたつもりでも、実際にその時期を迎えるのとはやはり違いました。

そして、お金の問題は単純に、

「払えるか、払えないか」

だけでもありませんでした。

子どもが何をしたいのか。

そのために親としてどこまでできるのか。

これから先の生活はどうするのか。

いろいろなことを考えながら、一つずつ決めていくことになります。

教育費については、我が家で実際に高校生と大学生を育てながら感じたことを、別の記事でも詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーの教育費はきつい?高校生と大学生を育てた父親の現実

シングルファーザーだからといって、すべての家庭が同じ経済状況ではありません。

利用できる制度や支援も、家庭の状況によって違います。

だから私は、誰かに「こうすれば大丈夫」と言うことはできません。

ただ、自分たち家族にとって何が大切なのかを親子で話しながら、一つずつ選んでいくことはできる。

教育費についても、我が家はそうやって向き合ってきました。

シングルファーザーになって感じた学校行事の壁

運動会に参加したシングルファーザーが、運動会を見ながら物思いに耽る姿

子どもが学校へ通っていれば、授業参観や懇談会、運動会など、親が学校へ足を運ぶ機会は意外とたくさんあります。

シングルファーザーになったからといって、それがなくなるわけではありません。

ただ、実際に父親一人で学校行事に参加するようになってみると、それまでとは少し違った感覚がありました。

周りを見渡せば、お母さんたちの姿が多い。

その中に父親一人で入っていくことに、最初から何の抵抗もなかったと言えば嘘になります。

「ちょっと居づらいな」

そう感じることもありました。

それでも学校行事にはできるだけ参加したかった

だからといって、学校行事に行かないという選択は、私の中にはあまりありませんでした。

授業参観であれば、普段家では見ることのできない子どもの姿を見ることができます。

懇談会では、先生から学校での様子を聞くこともできます。

そして何より、

「父ちゃんはちゃんと見に来ているよ」

「一人ぼっちではないよ」

ということを、子どもたちに伝えたかったのです。

もちろん、学校行事に出席するかどうかも、子どもたちと相談して決めました。

特に長女の学校行事については、よく話をしました。

父:「父ちゃんが参加してもいい?」

娘:「できたらでいいよ。仕事休まないといけないから、無理しなくていいよ」

というやり取りを、幾度となく交わしました。

父親一人だから恥ずかしい。

周りからどう見られているのか気になる。

そんなことを考えるより、子どもたちにとって大切な時間なら、できる限りその場にいたい。

いつしか、そう思うようになりました。

父親だからできないと決めつけなくてもよかった

シングルファーザーになったばかりの頃は、

「母親がいないことで、子どもたちに寂しい思いをさせて申し訳ない」

と考えることばかりでした。

学校行事も、その一つだったように思います。

でも、今の私はこう思うんです。

「父親が母親と同じことをする必要はないんじゃないか」

母親の代わりなんて、とうていできないんです。

できないことは、できない。

でもその代わり、自分にできることをやればいい。

学校行事についても、そんなふうに考えられるようになりました。

実際に父親一人で学校行事へ参加する中で感じた戸惑いや、それでも参加し続けようと思った理由については、別の記事でも詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーになって感じた学校行事の壁|それでも参加し続けた父親の本音

子どもが成長してしまえば、学校行事に参加できる回数には限りがあります。

その時は少し居心地が悪くても、振り返ってみれば、それも子どもたちと過ごした大切な時間の一つです。

今となっては、

「行っておいてよかったな」

そう思っています。

シングルファーザーになって一番辛かったのは、一人で抱えることでした

リビングで1人で悩んでいる父親

シングルファーザーになって大変だったことは、たくさんあります。

仕事、家事、食事、子どもの学校、進学、お金のこと。

でも、今振り返ってみると、一番つらかったのは忙しさそのものではありません。

それは、

「相談できる相手がいないこと」

でした。

子どもたちのことで何か問題が起きたとき、

「どうしたらいいんだろう」

と考える。

でも、最後に決めるのは自分です。

自分の判断一つで、子どもたちの人生に影響を与えてしまうかもしれない。

そう考えると、簡単には答えを出せないこともありました。

深く考えようと思えば、どこまでも考えることができます。

そして考えれば考えるほど、

「本当にこれでいいのだろうか」

と、分からなくなることもありました。

誰かに答えを出してほしかったわけではない

相談相手がほしいといっても、誰かに、

「こうしなさい」

と答えを決めてもらいたかったわけではありません。

子どもたちとは、いろいろなことを相談してきました。

でも、子どもたちには話せないこともあります。

そんな時、子どもたち以外に、

「こんなことがあってさ」

「私はこうしようと思っているんだけど、どう思う?」

そんなふうに話せる相手がいれば、それだけでも違ったのではないかと思います。

人に話すことで、自分の考えが整理されることがあります。

自分では気づかなかった考え方に気づくこともあります。

でも当時の私は、

「父親なんだから、自分で決めなければ」

という思いが強かったのかもしれません。

気がつけば、いろいろなことを一人で抱え込むようになっていました。

シングルファーザーになってから感じた「相談相手がいない」というつらさについては、別の記事で詳しく振り返っています。

関連記事:シングルファーザーになって一番つらかったのは、相談相手がいなかったことでした

相談することは、弱いことではありません

当時の私は、もっと早く誰かに話してもよかったのかもしれません。

家族でもいい。

友人でもいい。

同じような経験をした人でもいい。

そして、身近な人には話しにくいことなら、自分とは直接関係のない誰かに話すという方法だってあります。

大切なのは、

「一人で答えを出さなければならない」

と思い込まないことです。

一つひとつは簡単な判断であっても、その数が増えていけば結構なプレッシャーになります。

気づかないうちに、心が少しずつ疲れていくような感覚がありました。

相談することは、誰かに自分の人生を決めてもらうことではありません。

話を聞いてもらいながら、自分の気持ちを整理して、

「自分はどうしたいんだろう」

と考える時間でもあります。

それだけでも、心の負担はずいぶん軽くなると思います。

私はシングルファーザーとして生活していく中で、少しずつそう考えるようになりました。

一人で抱え込まないということについて、今の私が思うことは、こちらの記事にも書いています。

関連記事:シングルファーザーになって伝えたいこと|一人で抱え込まないという選択

父親だからといって、いつも答えを持っている必要はありません。

迷ってもいい。

誰かに話してもいい。

そして最後に、自分なりの答えを見つければいい。

今なら、そう思います。

シングルファーザーになった私が子供たちと交わした約束

リビングで父親と2人の子供たちが話し込んでいる姿

シングルファーザーとして生活していく中で、分からないことはたくさんありました。

仕事と子育てをうまく両立できる自信もない。

家事を人並み以上にこなせる自信もない。

これから先、子どもたちに何が起こるのかも分からない。

そんな私が、

「父ちゃんに任せておけば大丈夫」

「絶対に幸せにするから」

なんて言ったところで、子どもたちにとって何の安心にもつながりません。

だから、子どもたちにできない約束をすることはやめました。

その代わり、一つだけ約束しました。

「父ちゃんは、お前たちを裏切るようなことだけは絶対にしない」

これだけです。

父親だから何でも解決できるわけではない

子どもたちが成長していけば、親にはどうすることもできない問題も出てきます。

学校のこと。

友達のこと。

進学のこと。

そして、子ども自身がこれからどんな人生を歩んでいくのか。

父親だからといって、すべての問題を解決してあげられるわけではありません。

むしろ子どもが大きくなるほど、親が口を出さないほうがいいことも増えてきたように思います。

だから私は、

「何があっても味方ではいる」

「困ったときには一緒に考える」

それくらいの距離感でいいのではないかと思うようになりました。

子どもの人生を父親が代わりに歩くことはできません。

でも、子どもが立ち止まったときに、

「父ちゃんはここにいるよ」

「なんでも相談して」

と伝えることはできます。

約束を守るというより、忘れないようにしてきた

この約束をしたからといって、もちろん立派な父親になれたわけではありません。

失敗もしました。

子どもたちに言い過ぎたこともあります。

自分の判断を後から反省したこともたくさんあります。

それでも、

「自分が子どもたちに何を約束したのか」

だけは忘れないようにしてきました。

迷ったときに戻ってくる場所。

私にとって、この約束はそんなものだったのかもしれません。

シングルファーザーになったとき、なぜこの約束を子どもたちと交わしたのか。

そして、この言葉にどんな思いを込めていたのかについては、こちらの記事で詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーになって子どもたちと交わした、たった一つの約束

子どもを幸せにできるかどうかなんて、今でも私には分かりません。

そもそも、子どもにとって何が幸せなのかを、父親である私が決めることでもありません。

だからこそ、これからも完璧な父親を目指すのではなく、

「困ったときには一緒に考える」

「何があっても味方でいる」

そんな父親でいたい。

「父ちゃんは、お前たちを裏切るようなことだけは絶対にしない」

あの言葉は、子どもたちとの約束であると同時に、父親としての自分自身に向けた約束でもあったのだと思います。

子どもたちの成長を見て、父親の私が教えられたこと

勉強している子供たちを見ながら、子供の成長を嬉しそうに眺める父親

シングルファーザーになった頃は、

「自分が子どもたちをちゃんと育てなければ」

という思いがすごく強かったように思います。

父親なんだから、しっかりしなければいけない。

子どもたちが困らないように、自分が支えなければいけない。

そんなことばかり考えていました。

でも、何年も一緒に生活しているうちに、少しずつ考え方が変わってきました。

私が子どもたちを育ててきたつもりでしたが、実際には私のほうが子どもたちから教えてもらったことも、たくさんありました。

娘の一言から見えた未来

離婚した当時、子どもたちの将来については不安しかありませんでした。

特に、

「この離婚が、子どもたちの人生に悪い影響を与えてしまうのではないか」

という心配は、ずっと心のどこかにありました。

親の事情で家庭環境が変わった。

そのことが子どもたちの将来にどんな影響を与えるのかなんて、私には想像もつきません。

だからこそ、子どもたちが少しずつ成長していく姿を見ることで、小さな安心が積み重なっていったように思います。

そんな中、長女が将来について、

「大学に行きたい」

と自分の意思を話してくれたことがあります。

たった一言です。

でも、私にはとても嬉しい言葉でした。

大学へ行くこと自体が嬉しかったわけではありません。

自分の未来について考えて、

「私はこうしたい」

と自分の言葉で話してくれたことが嬉しかったんです。

離婚した頃は、子どもたちの未来を心配していた私が、いつの間にか子どもから未来を見せてもらっていました。

その時に感じたことは、こちらの記事で詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーが見た希望|娘の一言が教えてくれた未来

子どもは親が思っている以上に、親を見ている

子どもたちと暮らしていて、もう一つ気づいたことがあります。

それは、

子どもは親が思っている以上に、親のことを見ている

ということです。

父親が何を言ったのか。

それだけではなく、

失敗したときにどうするのか。

落ち込んだときにどうするのか。

うまくいかないときにどうするのか。

そんな姿も、子どもたちは意外と見ています。

だからといって、

「親なんだから、いつもしっかりしていなければならない」

「失敗してはいけない」

ということではありません。

私はむしろ逆だと思っています。

間違えることもある。

落ち込むこともある。

時には泣くことだってある。

それでも、自分が間違っていたと思えば反省する。

うまくいかなければ、また考える。

そして最後には、もう一度立ち上がって前へ進んでいく。

そんな姿を見せることも、親として子どもたちに伝えられることの一つなのかもしれません。

「子は親の鏡」という言葉について、シングルファーザーとして子どもたちと生活してきた中で感じたことは、こちらの記事にまとめています。

関連記事:シングルファーザーになって気づいた|「子は親の鏡」と言われる理由

シングルファーザーになった頃の私は、

「この子たちを自分が何とかしなければ」

と漠然とした焦りのようなものを感じていました。

でも今は少し違います。

子どもたちは子どもたちなりに考え、悩みながら、自分の人生を歩き始めています。

そして私も、そんな子どもたちの姿を見ながら、父親として、人として少しずつ成長しているんじゃないかなと思っています。

親が子どもを育てる。

もちろん、それは間違いではありません。

でも我が家の場合は、

親子で一緒に育ってきた。

そんな言い方のほうが、しっくりくる気がしています。

シングルファーザーになって、私自身の人生も変わり始めた

夕日をバックに3人の親子が楽しそうに歩く姿。明るい将来を感じさせる風景。

シングルファーザーになって変わったのは、子どもたちとの生活だけではありませんでした。

私自身の人生についても、以前より考えるようになりました。

それまでは仕事をして、家族を支えて、子どもたちを育てる。

それが父親として当たり前のことだと思っていました。

もちろん、今でもその考えが間違っていたとは思っていません。

ただ、毎日の生活に追われる中で、

「自分はこれから、どんな人生を送りたいんだろう」

なんて考えることは、ほとんどありませんでした。

45歳を過ぎて、自分の人生について考えるようになった

離婚だけがきっかけだったわけではありません。

仕事のこと。

家庭のこと。

子どもたちのこと。

そして、自分自身も年齢を重ねていくこと。

いろいろな出来事が重なる中で、

「このまま定年まで働いて、その先に何があるんだろう」

と考えることが増えていきました。

若い頃なら、そんなことはあまり考えなかったと思います。

仕事をして、給料をもらって、家族を養う。

目の前のことに一生懸命で、それだけで毎日は過ぎていきました。

でも45歳を過ぎた頃から、

「人生には限りがある」

という、ごく当たり前のことを意識するようになりました。

これまで家族のため、子どもたちのために使ってきた時間を後悔しているわけではありません。

むしろ、それは私にとって大切な時間です。

でも同時に、

「このままの人生で良いのだろうか」

という、漠然とした不安のようなものを感じるようになりました。

子どもたちが自分の人生を歩くなら、父親も歩いていい

子どもたちは少しずつ成長して、自分たちの人生を歩き始めています。

いつまでも父親が手を引いて歩くわけにはいきません。

だったら私も、

「父親だから」

「会社員だから」

という理由だけで、自分の人生を決めつけなくてもいいのではないか。

そんなことを考えるようになりました。

もちろん、すべてを投げ出して好き勝手に生きたいという話ではありません。

父親としての責任もあります。

生活していくためには、お金も必要です。

現実を無視することはできません。

それでも、

「これから自分は何をしたいのか」

「残りの人生をどう過ごしたいのか」

くらいは、自分で考えてもいい。

そう思えるようになったことは、私にとって大きな変化でした。

シングルファーザーになったことだけが理由ではありません。

それでも、人生のいろいろな出来事を経験する中で、自分自身の生き方について考えるようになったのは確かです。

45歳を過ぎて、なぜ私が人生をもう一度見つめ直そうと思ったのか。

その頃の気持ちについては、こちらの記事で詳しく書いています。

関連記事:シングルファーザーになった私が、45歳で人生をやり直そうと思った理由

子どもたちには、

「自分の人生を、自分で考えて歩いてほしい」

と思っています。

だったら父親である私も、同じように自分の人生を考えていいはずです。

子どもたちの人生は、これからまだまだ続いていきます。

そして、私の人生だってまだ終わったわけではありません。

父親として生きながら、自分自身の人生も生きる。

これからは、そんな生き方をしていきたいと思っています。

まとめ|シングルファーザーだからといって、完璧な父親でなくていい

親子3人がリビングでソファに座り、楽しそうに談笑する姿。

シングルファーザーになったばかりの頃の私は、

「父親一人で、ちゃんと子どもたちを育てられるだろうか」

そんな不安を抱えていました。

仕事もしなければならない。

家事もしなければならない。

食事も作らなければならない。

学校のことも、進学のことも、お金のことも考えなければならない。

何かあれば、自分で判断しなければならない。

考えれば考えるほど、

「父親なんだから、しっかりしなければ」

という気持ちが強くなっていったように思います。

でも、実際にシングルファーザーとして何年も生活してみて分かったことがあります。

全部を完璧にやるなんて、私には無理でした。

仕事と子育てを完璧に両立できたわけでもありません。

毎日きちんとした料理を作れたわけでもありません。

子どもたちに対して、いつも正しい判断ができたわけでもありません。

失敗したこともあります。

悩んだこともあります。

落ち込んだこともあります。

それでも、今日まで何とか親子で歩いてきました。

父親一人で歩いてきたつもりだったけれど

この記事のタイトルには、

「父親一人で歩んだ奮闘記」

と付けました。

確かに、シングルファーザーとして父親一人で子育てをしてきました。

でも、この記事を書きながら改めて振り返ってみると、本当に私一人で歩いてきたわけではなかったんだと思います。

子どもたちに助けてもらったこともあります。

子どもたちの言葉に救われたこともあります。

そして、子どもたちの成長を見ながら、私自身も父親として、人として少しずつ成長してきました。

だから今は、

「私が子どもたちを育ててきた」

というより、

「親子で一緒にここまで歩いてきた」

というほうが、私にはしっくりきます。

今、シングルファーザーとして頑張っているあなたへ

もしこの記事を読んでいる方の中に、

「これから父親一人で子どもを育てていけるだろうか」

と不安になっている方がいるなら、私から一つだけ伝えたいことがあります。

私は、シングルファーザーとしての正しい生き方を知っているわけではありません。

それぞれの家庭に事情があり、子どもの年齢も違えば、仕事も収入も置かれている環境も違います。

だから、

「こうすれば大丈夫」

なんて無責任なことは言えません。

ただ、完璧な父親になろうとしなくてもいいんじゃないか。

私はそう思っています。

できないことがあれば、誰かに頼ってもいい。

疲れたら、少しくらい休んでもいい。

間違えたと思ったら、子どもに謝ればいい。

悩んだら、誰かに相談してもいい。

そして、また前を向けるようになったら、一歩ずつ進めばいい。

私自身、まだ子育ての途中です。

これからもきっと悩むでしょうし、失敗することもあると思います。

それでも、子どもたちと話しながら、自分たち家族なりの答えを探していこうと思っています。

シングルファーザーだからといって、完璧な父親である必要はない。

父親も子どもも、笑ったり、泣いたり、失敗したりしながら、一緒に成長していけばいい。

この奮闘記が、今どこかで頑張っているお父さんにとって、

「自分たちも、自分たちなりにやっていけばいいのかもしれない」

そう思える小さなきっかけになれば、私は嬉しく思います。

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